【2ch名作SS】のび太「ドラえもんが消えて、もう10年か……」 (3)







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451: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/12(火)23:19:41 ID:HP3JlSZpP

まず先に、スープを一口すする。

「………」

「………どう?」

「うん!凄く美味しい!」

「ホント!?良かったぁ……」

スープはかなりの美味。
だがしかし、見た目はコンソメスープなのに、味は全然違っているのはなぜだろうか。
これぞ、咲子さん流ギャップ料理ということか。

以前作ってくれた雑炊もそんな感じだったしなぁ……
まあ、普通にかなり美味しいから、細かいことは気にしないでおこう。

僕はとにかく、目の前の料理を食べ続けた。
あまりガッツくと引かれそうではあったから、普通のペースで食べる。

彼女も食べてはいたが、どちらかと言うと、食べる僕の姿を見ることが多かった。
そして時折視線が合うと、幸せそうに微笑み。

その顔を見ると、思わず僕も笑みがこぼれていた。

……とはいえ、かなりきつくなってきた。
料理はまだ半分ほど残っている。
正直、これだけ食べれただけでも大善戦だ。

(張り切って作ったんだろうなぁ……)

そう思うと、ますます残すわけにはいかない。
――時に男は、多少無理をしてでも、やらなければならないことがある。
それが、男のアイデンティティー。

ペースは崩さず、とにかく食べ続けた。
美味しいこともあり、食は中々進む。苦しさを我慢すれば。

しばらく食べたところで、彼女は感心するように声を出した。

「のび太くん、思ったよりも食べるんだね!残ったらタッパーに入れて持って帰ってもらおうって思ってたけど、その必要はなさそうだね」

(なぬっ!?タッパーとな!?)

……どうやら、食べ残ること前提の量だったようだ。
それを知った僕は、すぐさま白旗を上げた。

 

452: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/12(火)23:27:02 ID:HP3JlSZpP

 

「……ご馳走様。とても美味しかったよ」

「そう言ってくれると嬉しいな。片付けまで手伝ってくれて、本当にありがとう」

二人で皿を洗いながら、そう話す。
食器洗いは彼女担当。
拭いてしまう担当は僕。

共同作業により、片付けはスムーズに終えることが出来た。

食後は、彼女が用意してくれたコーヒーでティータイム。
テーブルに座り、雑談を交わす。

僕らは色々なことを話した。職場のこと、休みの日のこと。会話は弾み、時間も忘れていた。

「――あ!もうこんな時間!」

「……ほんとだ。全然気が付かなかった」

時計の針は、間もなく日付が変わる時間となっていた。
彼女は、進む時計の秒針を、どこか名残惜しそうに見つめる。
どうやら、もっと話したいようだった。

「……もう少し、話そうか」

「え?で、でも、遅くなっちゃうし……」

「少しくらいなら大丈夫だよ」

「……ありがとう。のび太くん、やっぱり優しいね……」

そう言うと、彼女は笑みを浮かべながら、コーヒーのカップを見つめた。

 

458: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/12(火)23:46:48 ID:HP3JlSZpP

 

「私ね、今、本当に幸せなんだ。こうやってのび太くんに料理作ってあげれたし」

「……咲子さん……」

「実はね、私の料理食べた男の人、のび太くんが初めてなんだよ?」

「そうなの?」

「うん。私、昔から料理を手伝ってたんだ。お母さんの真似をして、お姉ちゃんに味見してもらって……いつか、大好きな人に作ってあげたい……そう思ってたんだ」

(……ということは、あのギャップ料理は、そこで培われたのか……)

「だから、今その夢が叶って、とても幸せなの。……ありがとう、のび太くん。私、あなたと出会えて良かった……」

そう話す彼女は、目に涙を浮かべていた。自分の気持ちを素直に表現し、今僕に見せている。それが、とても嬉しかった。

「……僕も、咲子さんと出会えて良かったよ……」

「のび太くん……」

「………」

「………」

部屋は、静まり返っていた。
時計の針だけが音をならす空間の中、目の前に座る彼女は、目を閉じた――――

(――――ッ!!!こ、これは――――!!!)

「………」

(ま、間違いない―――GOサインだ……!!)

迫る、緊張の瞬間……

 

463: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)00:03:47 ID:YYmdLSwtV

 

「………」

目の前にいる彼女は、瞳を閉じたまま何かを待つ。
僕の心臓は激しく脈動する。見れば彼女もまた、僅かに震えていた。

(据え膳食わぬは男の恥というが……これはなかなか、勇気が……)

そうは言っても、目の前の彼女はここまでの勇気を見せてくれている。
これに応えなければ、むしろ失礼だろう。

彼女の気持ちに、恥を塗らせてはいけないのだ。

(……よ、よし……)

一度唾を飲み込み、顔を近づける。
段々と彼女との距離は詰まり、すぐ目の前には桃色に染まった唇があった。

そして僕は、目を閉じ―――――

「―――ただいまー!」

「―――ッ!?」

「―――ッ!?」

突然、玄関が開く音が聞こえ、女性の声が部屋に響き渡った。
二人揃って体をビクリとさせ、その方向に目をやる。

「か、帰って来ちゃった……!!」

「え、ええ!?」

 

464: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)00:04:01 ID:YYmdLSwtV

 

(咲子さんが言ってた、同居人!?こ、このタイミングで!?)

口惜しや……実に口惜しい……!!
神様がいるのなら、それはきっと、かなりの天邪鬼だろう。
もう少し、時間を置いてほしかった。

「咲子ー?いないのー!」

「――は、はーい!今行くー!」

名前を呼ばれた彼女は、一度残念そうに僕の方を見た後に、玄関へと向かっていった。

……僕はそのまま、脱力するように天を仰いだ。

「―――え!?彼氏!?ホントに!?」

玄関からは、同居人さんの驚く声が響く。
当たり前だが、女性のようだ。そしてその人は、ツカツカと廊下を歩く音を響かせた。

……至福の瞬間を邪魔した人物の顔……しっかりと拝んでやろうではないか。

そして、ドアが開かれる。

「―――初めまして!私、咲子の姉の――――――え?」

「―――え?」

互いの顔を見るなり、二人揃ってフリーズする。
目の前の人物が信じられず、一度目を擦って見直してみた。
だが、間違いなかった。

そして時は動き出し、同時にお互いの顔を指さす。

「「えええええええええええ!!??」」

「のび太!!なんでアンタがここに!!??」

「ま、舞さんこそ!!なんでこの家に!!??」

声を上げる二人。それに続き、咲子さんがリビングへと戻って来た。

「……お姉ちゃん?どうかした?」

「お……お、お……お姉ちゃん!!??」

「……さ、咲子……彼氏って……まさか……!!??」

「………?」

「………」

「………」

そのまま、僕と舞さんはしばらく思考が停止した。
ただ一人状況が呑み込めない咲子さんは、不思議そうな顔で首を捻るのだった。

 

467: 名無しさん@おーぷん 2014/08/13(水)00:05:59 ID:mOgSTO3eY

 

舞さんが同居人かよwwwww

 

479: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)01:10:38 ID:YYmdLSwtV

 

「いやあ!まさか、咲子の彼氏がのび太だったとはな!」

咲子さんの部屋で、舞さんはビールを片手に豪快に笑う。

「ホント不思議だね……まさか、お姉ちゃんの知り合いなんてね……」

咲子さんはおつまみを出しながら、感慨深そうに呟く。

「………」

一方、話題の中心にいる僕は、気が気ではなかった。

舞さんは僕が咲子さんの彼氏だと気付くなり、しばらく顔を見た後、まるで何事もなかったかのように接し始めた。
いったい、何を考えてるのだろうか……

「――あれ?ビールなくなっちまった……。咲子!ちょっとビール買ってきて!」

「もうお姉ちゃん!今日はちょっと飲み過ぎだよ!」

「固いこと言わないって。せっかくのび太もいるんだし。な?のび太?」

「は、はい……」

「――ってことだ。すぐそこのコンビニにあるだろ?ちょっと頼むよ」

「……もう。仕方がないなぁ……」

ぶつぶつ文句を言いながら、咲子さんは部屋を出ていった。

残されたのは、僕と舞さん。玄関が閉まる音が響くなり、舞さんは先ほどまでの緩い顔を一変させ、真剣な表情を見せた。

「――で?これはどういうことだ?説明してもらおうか……」

その目には、凄まじい威圧感があった。
そんな視線を受けた僕に抵抗など出来るはずもなく、ことの経緯を洗いざらい説明した。

 

486: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)01:33:34 ID:YYmdLSwtV

 

「――そうか……咲子が……」

「もちろん、僕からも交際を申し込みました。それが、今の関係です……」

「そうか……」

難しそうな顔をしながら話を聞いていた舞さんは、話を聞き終えると目の前にあるビールを一気に飲み干した。

(まだ入ってたんだ……ってことは、さっきのは僕と二人になる口実だったわけか)

「……まさか、しずかの最大のライバルが、我が妹とはな……。世間ってのは、つくづく狭いもんだ……」

「……僕も、まさか舞さんが咲子さんのお姉さんとは思いませんでした……」

「まあ、いくら信じられなくても、純然たる真実としてあるわけだから、そこは何を言っても無駄だろう。
――それより、問題はアンタのことだ……」

「ぼ、僕ですか?」

「ああそうだ。――のび太、お前、正直な話、どっちなんだ?」

「どっちなんだと言われましても……」

「簡単な話だ。しずかと咲子……この日本においては、一夫多妻制は認められていない。どちらかを選ばなくてはならない。……お前は、どっちを選ぶんだ?」

「そ、それは……」

「即答――出来ないんだな」

「………」

舞さんの威圧感は、僕の心臓を鷲掴みにするかのようだった。
それは、即答できなかった僕に対する、舞さんなりの怒りなのだろう。
僕は、黙り込んでしまった。

 

487: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)01:35:58 ID:YYmdLSwtV

 

「……すまない。少し意地悪が過ぎたな」

「……いえ」

「だがのび太。一つ、理解しておけ。お前は確かに優しい。相手のことを想い、気遣いが出来る男だ」

「………」

「……でもな、その優しさが、返って誰かを傷付けることもある。
今お前は、二つの岐路に立っている。しずかか、咲子か……どちらの気持ちもお前に向いている以上、そのどちらかを選ばなくちゃならない。
そしてそれが意味することは、必ず、誰かが傷付くということだ」

「………」

「咲子か、しずかか……それともその両方か……それは、お前にしか決められない。そしてな、その傷は、決断が遅ければ遅いほど、深く突き刺さるんだよ」

「……はい」

「正直、私はどちら側に付くことも出来ない。咲子は、私の大切な妹だ。しずかは、私の可愛い部下だ。二人とも私の宝で、幸せになって欲しい」

「それは……当然だと思います」

「とにかく、よく考えておけ。そして、早く決断しろ。じゃないと、いずれアンタを含めた全員が傷付くことになる。深く、惨たらしく。
――そうなったら、私はアンタを一生許さない。たぶんな」

「………」

「……私は、のび太、お前のことも好きなんだよ。だから、私にそう思わせないでくれ」

「……はい」

「頼んだぞ……」

「………」

それ以降、舞さんは何も言わなかった。

 

499: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)10:39:22 ID:Bp8HBABCR

 

それから、僕は咲子さんが帰って来るのを待って、自宅に帰った。
咲子さんは名残惜しそうにしていたが、さすがに時間も遅かったので引き留めることはなかった。
舞さんはヘラヘラ笑いながら手をひらひら振っていたが、帰り際、静かに耳打ちをしてきた。

『のび太……しっかりな……』

とても、穏やかな口調だった。――でも、とても重い言葉だった。

夜道を歩きながら、トボトボと帰っていく。
夜風は冷たく、心まで冷やすかのように僕の体を通り抜ける。
今日は星が見えない。
月のない夜だからよくわからないが、薄く雲が張っているのかもしれない。

暗闇の空を見上げて、一度足を止めた。
そして空の彼方に向けて、呟く。

「……ドラえもん、キミなら、今の僕に、なんて言うんだい?」

この街のどこかにいるなら、同じように、この空が見えているだろう。
会えない彼に、空を経由して言葉を送ってみた。

――当然、空は何も答えることはない。

「……なんて、ね……」

見上げることを止め、再び歩き始める。

(いつまでも、彼に頼るわけにはいかないよね。彼は、僕ならいい方向に決めれるって言ったんだ。……それで、十分じゃないか……)

まずは、自分で出来ることをしよう。そう、思った。
僕は、誰もいない夜道を歩いて、家に帰った。

 

500: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)10:48:37 ID:Bp8HBABCR

 

――それから数日後、僕はとある場所を目指していた。
電車を乗り継ぎ、その場所を目指す。

駅を降りたあとは、一度大きく息を吸い込んだ。

「……ずいぶん、久しぶりだなぁ」

固いアスファルトで舗装された道路を踏みしめながら歩く。
いつもよりもペースは遅い。その場所の景色を、眺めながら歩いていた。

あまり様子は変わってはいない。
ただ、空き地はなくなっていて、小さなアパートが立っていた。

やがて、その場所に辿り着いた。
少し見上げたその家は、古ぼけていた。

「こんなに、小さかったっけ……」

懐かしさを胸に、僕は呼び鈴を押す。

「――はぁーい」

中から、よく聞き慣れた声が響き渡った。そして、玄関は開く。

「どちら様―――あら?のび太?」

白髪交じりの髪をしたその人は、僕の顔を見て少し驚いていた。

「や、やあ……」

でも、すぐに優しい表情に戻した。

「……いらっしゃい。よく来たわね。――あなたー!のび太が来たわよー!」

その声に、家の中からもう一人が姿を現す。

「――のび太。よく来たな」

二人は、並んで僕を出迎えた。二人とも、とても穏やか表情で。
少しだけ照れてしまったけど、僕は少し声を大きくして、二人に言う。

「――ただいま、父さん、母さん……」

 

505: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)11:08:32 ID:Bp8HBABCR

 

「――会社は、うまくいってるか?」

「うん。順調」

「そうか。それは何よりだ……」

台所で昼食を食べながら、父さんと話す。

「やぁねぇ、仕事の話は止しましょうよ。せっかくのび太が休みで来てるんだから」

母さんは苦笑いをしながら、お茶を用意する。

久しぶりの母さんの料理だった。
美味しいこともあるが、それ以上にどこか懐かしい。
おふくろの味って言うんだろうな。僕は、この味が好きだ……

「それにしても急ね。連絡すればもっと色々準備していたのに……」

「うん、ちょっと思い立ってね。ごめんごめん」

「なあに、別に構わんさ。こうして元気な顔を見せてくれるだけで嬉しいよ」

「うん……ありがとう」

父さんと母さんは、優しくそう話す。
小学校の時は、毎日のように怒られていたけど……
その時も、後から決まって穏やかな表情で僕を見ていた。

怒られた記憶も、優しく慰められた記憶も、全てがこの家には詰まっている。
そして父さんと母さんは、変わらない笑みで僕を見ている。
少しだけ、重荷を置いて行こう……そう思った。

 

508: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)11:16:41 ID:Bp8HBABCR

 

昼食の後、僕は2階の自分の部屋に行った。
綺麗に片付けられていて、埃も溜まっていない。
母さんが掃除をしているようだ。

本棚のマンガは、年期は入っていたが、昔のままだ。

「……これ、懐かしいな……」

その一冊を手に取り、パラパラと捲る。昔、大笑いをしていたマンガだ。
内容自体は、当然だが子供向け。画風は今のものに比べてかなり古い。
それでも、何だか懐かしくて、思わず笑みが零れた。

次に僕は、押入を開ける。そこには、布団が2セット収納されていた。

『ドラちゃんが帰ってくるかもしれないから……』

母さんはそう言って、ドラえもんの布団を残し続けている。
そして今は、僕の分も。

二人分の布団は綺麗に折りたたまれ、いずれ使われる時を待っていた。

最期に、机を眺めた。
久しぶりに見る机は、とても小さかった。
一度指で、机上をなぞる。昔ながらのアルミ製の机だった。

キャラクターの絵も、動く袖机もない。
それでも、とても懐かしくて、僕にとって掛け替えのない宝物だ。

だって彼は、この机の引き出しから出てきたんだから……

僕は何かを期待するように、引き出しを開けてみた。
鈍い音を鳴らした机は、その場所を解放する。

――そこは、ただの引き出しでしかなかった。

「……ま、そうだろうね……」

そこまで期待をしていたわけではない。
それでも、何だか少しだけ、寂しく思った。

 

512: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)11:35:31 ID:Bp8HBABCR

 

その後、外に出た。もう一度、街を歩いて回る。
街角のタバコ屋、雷爺さんの家、みんなの実家……。
過ぎ去る景色は、僕の心を、まるで昔にタイムスリップさせるかのようだった。

河原の野球場では、子供たちが草野球をしていた。
施設が、ずいぶん新しい。
この野球場、実は最近整備されていた。
それまでの野球場は、この十年でかなり老朽化していた。
雑草が生い茂り、フェンスもボロボロになっていた。

それを、ジャイアンが修復した。
もちろん当時野球をしていた僕らも、資金を出し合った。

『ここは、俺達ジャイアンズのホームグラウンドだ。またここで、絶対野球するんだ』

これが、ジャイアンの修復発案時の言葉。それに全員が賛同し、修復した。

しばらく河原に座り込み、野球を見る。少年達はワイワイ騒ぎながら、試合を楽しむ。

「打ったら逆転だぞー!!絶対打てよー!!」

ふと、一人の少年がバッターボックスに立つ少年にそう叫んだ。

「……打たないと、ギッタギタだからな……か……」

脳裏に焼き付けらた、ジャイアンの言葉を思い出した。

「打てないくらいで殴られるって……今考えても理不尽だよな……」

懐かしきジャイアン理論に、思わず苦笑いが浮かぶ。

「――野比?野比か?」

野球を見ていると、後ろから声をかけられた。白髪の、スーツを来たメガネのオジサン。

「……あなたは……先生……」

先生は、ニコッと笑みを浮かべた。

「……久しぶりだな、野比―――」

 

540: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)19:57:02 ID:H3kqmpeHo

 

「……そうか。帰省してたのか……」

先生は僕の隣に座った。
野球場からの少年達の声を聞きながら、雑談を繰り返す。

「先生は、まだあの小学校に?」

「まあな。ただ、私ももうすぐ定年だ」

「先生が……定年……」

時間の流れを感じた。
あれだけ怖かった先生も、すっかり穏やかな表情となっていた。

髪も白くなり、体格も丸い。

「……しかし、野比も社会人か。あれほど0点を取った生徒は、野比、お前だけだったぞ?」

「ハハハ……面目ないです」

「いやいや、もう昔のことだ。それに、キミは今ちゃんと社会人として働いているではないか。
――あの頃は、私はキミたちに勉強をしてもらいたいがために厳しく言っていたが、キミの良さは分かっていたつもりだよ」

「僕の、良さ……」

「仲間思いで優しい男の子……勉強は出来なくても、それ以上に素晴らしいものを持ったのが、キミだ」

「……恐縮です」

「まあ、もう少し勉強が出来ていれば文句はなかったんだけどな!ハハハハ……!」

声を出して笑った後、その場を立ち上がる。
それに続き、僕も立ち上がった。

「……さて、私はそろそろ行かせてもらおうか」

「はい……先生、お元気で……」

「ああ。野比もな」

そして先生は、そのまま去って行った。
遠退く先生の背中は、どこか小さく見えた。

 

542: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)21:10:29 ID:H3kqmpeHo

 

家に帰った後、僕は父さんと酒を交わす。
父さんは、上機嫌だった。
顔を赤くして、ニコニコ笑っていた。

「――まさか、のび太と酒が飲める日が来るとはな!月日が経つのは早いものだ!」

父さんは僕のコップに、次々とビールを注ぐ。

「……僕、そんなにお酒強くないんだけど……」

「細かいことは気にするな!さあ!どんどん飲め!」

父さんはすっかり酔ってしまっているようだ。
ノリが、会社の上司によく似ている。

苦笑いする僕に、追加にビールを持って来ていた母さんが後ろから笑いながら話しかけて来た。

「お父さんね、楽しみにしてたのよ?のび太とお酒を飲むことを」

「父さんが?」

「そうよ。いつも家で晩酌をする時に言ってたの。ここに、のび太がいてくれたらなぁって……」

「………」

「口では言わないけど、お父さん、寂しかったのよ。……もちろん、私もね……」

「……うん」

両親を安心させようと思って一人暮らしをした僕だったが、父さんと母さんは、別のことを思っていたようだ。
いくつになっても、子供は子供……誰かが言った言葉だ。
その意味が、少しだけ分かったような気がする。
父さんは相変わらず笑顔でお酒を飲む。
母さんはお酒を飲まないのに、そんな僕達を座って見ている。

ずっと一緒に暮らしていた父さんと母さん。
でも、一緒にいた時には薄れていたモノが、僕の中にはっきりと浮かび上がっていた。

――父さんと母さんの想いが、僕の中に注がれていたようだった。

「……父さん、お酒、注ぐよ」

「お!ありがとうな!」

その日は、夜遅くまで父さんと酒を交わす。
心の中のしこりのようなものが、少しずつ溶けだしている気分だった。

 

544: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)21:27:06 ID:H3kqmpeHo

 

――ふと、僕は目を覚ました。

「……うぅん……寝ちゃったのか……」

時計を見れば、時刻は真夜中。頭が痛い……

その時、僕は気が付いた。
今の掃出し窓が開き、そこに、父さんが座っていた。
母さんの姿はない。
どうやら、先に眠ってしまったようだ。

父さんは僕が起きたことに気が付き、微笑みながら顔を振り向かせた。

「……すまん、起こしてしまったか……」

「ううん。大丈夫。……こんな夜中に、何をしてるの?」

「ああ。……月を、見ていたんだ……」

「月を?」

「そうだ。……なあのび太、こっちに来て、一緒に見ないか?」

「……うん」

僕は、促されるまま父さんの隣に座る。

「……綺麗だね」

「そうだろ?月が見えて、のび太がいて、のび太と酒を飲んで……最高の夜だ……」

僕らは月を見上げる。
幸い、今日は雲がなかった。
窓からは丸い満月が空に座し、夜の街を仄かに照らす。

星々の光は月光に遮られ、あまりはっきりとは見えない。
でも、まるで星達の分まで輝くように、月は、優しく光を降り注がせていた。

少しの間、僕と父さんは、月の光が織りなす神秘的な劇場を、静かに眺めていた。

 

547: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)21:38:52 ID:H3kqmpeHo

 

「――ところでのび太」

突然、父さんが切り出した。

「うん?何?」

「誰か、いい人は見つかったか?」

「いい人?」

「結婚相手のことだよ」

「け、結婚!?」

「何を驚いてるんだ。のび太ももういい年だ。そろそろ結婚を考えてもおかしくはないぞ?」

「そ、そうなんだろうけど……いきなり結婚なんて……」

戸惑う僕に、父さんは声を出して笑う。

「いやいやすまん。ちょっと話を飛躍させ過ぎたな。……まあ、結婚まではいかなくても、付き合ってる人はいないのか?」

「……まあ、一応……」

「そうか……それはよかった……」

付き合ってるのは付き合ってる。……だけど、この前の舞さんに言われたことを思い出した。
……結局僕は、中途半端なんだ。

「……のび太、お前は、少し抜けてるところがあるからな。お前に合うのは、きっと、しっかりした人だろうな」

「う、うん……」

「まあいずれにしても、自分の目で見て、頭で考えて、相手を決めろ。そしてな、一度決めた相手は、一生大事にしろ。
家族を蔑ろにする奴は、幸せなんて手に入れることは出来ないんだ。
どれだけ仕事がうまくいっても、どれだけお金があっても、幸せってのは、それとは関係ないところから生まれるものなんだよ」

「……」

「……大丈夫だ、のび太。お前なら、必ず幸せな家庭を作れるはずだ。――何せ、お前は僕の、自慢の息子だからな」

「……0点ばっかり取ってたけどね」

「勉強なんて、最低限のことさえしていればいいさ。実際に、お前は高校まで卒業出来たんだ。十分だ」

「そっかな……」

「そうだ。お前は、自分の人生に自信を持っていい。――お前は、幸せを生み出すことが出来る」

「……ありがとう、父さん」





548: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)21:50:14 ID:H3kqmpeHo

 

「……さて、そろそろ寝るとするか」

「うん……」

そして僕らは、それぞれの寝室に戻る。

僕は二階に上がり、布団に横になった。
久しぶりの自分の布団。
眠る前に、一度押入に目をやる。

そこにいた彼は、今何をしているのだろうか………そんなことを考えていた。

……いや、それももう止めにしよう。
父さんも、先生も、舞さんも、そして、彼も……みんな、僕に自信を持っていいと言っていた。

僕は、いつも彼に頼ってばかりだった。
全ての願いを、叶えてくれる彼。
困った時は、いつでも助けてくれた彼。

……でも僕は、もう大人になった。
子供のころにはなかった責任だとか柵(しがらみ)だとかが、今の僕の周りにはある。
その中で僕は、自分で考えて、行動して、いくつもの選択肢を選んでいかなければならない。

それは、とてもキツイことだと思う。時には落ち込むこともあるだろう。
どちらを選んでも、不運しかない状況も出てくるはずだ。

でもそれは、誰でも経験することなんだ。
誰でも悩んで、それでも選択を繰り返しているんだ。

僕ばかりじゃないんだ。

それなのに、ずっと彼のことを頼り続けているわけにはいかない。
今僕は、自分の足で歩き出すべきなんだろう。
――ドラえもんは、きっとそれを僕に伝えたくて、手紙をくれていたんだ。
姿を見せず、僕が自分の足で歩くように促していたんだ。

だったら、彼のためにも、僕は足を踏み出す。
ゆっくりでも、自分の足でこれからを歩いて行く。

(じゃないと、キミに笑われるしね……)

最期にもう一度だけ押入に視線を送った僕は、一人静かに、微睡の中に意識を沈めていった。

 

550: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)22:01:21 ID:H3kqmpeHo

 

それから僕は、実家を後にした。
街並みを見渡しながら駅まで歩き、電車に乗る。
窓から見える景色を横目に、電車に揺らされていく。

そのまま家に帰り、荷物を片付けた後、とある人物に連絡を取った。
思いのほかあっさりと連絡が取れたのが幸いだった。

「……うん……そうだよ……じゃあ、待ってる……」

電話を切り、服を着替える。
これから、僕は歩き出す。

最期に家を出る前に、これまでドラえもんがくれた手紙を読み返した。
彼の言葉をもう一度心に注ぎ、家を出る。

踏み出す足は、少しだけ躊躇を覚えていた。
それでも、力強く足を踏み出した。

 

553: 名無しさん@おーぷん 2014/08/13(水)22:06:16 ID:2q8OGhaob

 

のび太から迷いが消えたか

 

554: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)22:11:58 ID:H3kqmpeHo

 

待ち合わせの場所は、町中にある公園だった。
そこのブランコに身を揺られながら、僕はその人を待つ。

少しだけ心臓が高鳴っている。だけど、どこか心地がいい。

僕は待ちながら、初めてその人のことを、思い出していた。
いつも可愛く、世話好きで、僕と一緒にいた。
おしとやかだけど、おてんばなところもある。

しっかりしているかと思えば泣きべそだったり、表情豊かな人……

「……のび太さん?」

その人は……

「……しずかちゃん……」

駆け寄る彼女に、僕は立って迎えた。

 

555: 名無しさん@おーぷん 2014/08/13(水)22:13:44 ID:l5XlNl66D

 

しずかちゃんキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

 

557: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)22:22:02 ID:H3kqmpeHo

 

「……ゴメンね、急に呼び出したりして……」

「ううん。ちょうど仕事が終わったからいいの」

僕達は、ブランコに座っていた。
風は肌寒いけど、それでも気にならない。

「……それで、どうしたの?」

しずかちゃんは、俯きながら僕に訊ねて来た。

「……うん、この前のことなんだけど……」

「この前……雪山のこと?」

「そう、それ。……実はね、あれ、僕じゃないんだよ」

「……え?」

突拍子もないことを言ったからか、しずかちゃんは僕の顔を注視する。
そんな彼女に、僕は続けた。

「……あれはね、僕だけど僕じゃないんだ。あれは、子供のころの僕なんだよ」

「……どういうこと?」

「子供のころ……まだ彼がいたころ、僕はキミが将来遭難することを知ったんだ。それを見た僕は、彼にお願いして、キミを助けに行ったんだ。
雪山なのにコートを着ていたのは、雪山のことをよく知らなかったから。突然姿を消したのは、タイムマシンで帰ったから。
だからあれは、今の僕じゃないんだよ」

「……う、うそ……」

しずかちゃんは、表情を硬くした。
その顔を見たら、心が締め付けられた。

それでも、僕は続けた。

「……でも、子供の僕がキミに言ったことは、嘘じゃないんだよ」

「……え?」

――そして僕は、意を決した。

「……僕は、ずっとキミに憧れていたんだ。その気持ちは、今でも持ち続けている。キミは、僕にとって大切な人だよ」

「……のび太さん……」

二人を包む空は、更に夜の色を濃くしていく。

 

560: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)22:29:22 ID:H3kqmpeHo

 

「――でも、僕には今、付き合ってる人がいるんだ」

「……どういうこと?」

「その人は、とても明るくて、とても元気なんだけど、時々おっちょこちょいなんだ。まるで子供の僕みたいだろ?
最近だと、物凄く寂しがり屋で、心配性なんだ」

「………」

「その人ね、見ていると、どこかほっとけないんだよ。――僕が、守ってあげたいって思うんだ……」

「……それって……」

「……うん。僕は、その人を守ってあげたい。その人と、一緒に過ごしていきたいんだ。
キミを大切に思うことに嘘はないよ。キミは、大切な友達だからね。……でも僕が、一緒に過ごしていきたい人は、その人なんだ。
――だから、キミの気持ちには応えられない。応えられないんだ……。ごめん―――」

「……ひぐ……ひぐ……」

しずかちゃんは、声を押し殺すように、涙を流していた。それが酷く心を痛めさせる。
それでも僕は、彼女の想いに応えることは出来ない。

その時、僕は公園の入り口にいる彼の姿を見つけた。
その姿を見た僕は、涙を流す彼女に声をかける。

「しずかちゃん。僕には、キミを幸せにすることは出来ないんだ。
――でもね、キミの幸せを心から願っている人がいるんだ。あそこに―――」

「……え?」

しずかちゃんは、僕が指さした方向に目をやる。そして、声を漏らした。

「……出木杉さん?」

「……しずか……」

 

564: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)22:48:13 ID:H3kqmpeHo

 

~2時間前~

「――そっか……しずかちゃんと……」

「ああ。付き合ってたよ。最後には、こっぴどくフラれたけどね……」

そこは、街の角にあるバー。そこのカウンター席に、僕と出木杉は座っていた。

「しずかは、キミが好きなんだってよ。まったく、面白くもない話だけどね……」

ぼやくように呟くと、彼は目の前のウイスキーを飲みほした。

「……ごめん」

「なぜキミが謝るんだい?キミは、何も悪くないだろう。これはしずかの想いであって、僕が思ってるのは、単なる醜い嫉妬だけだよ」

出木杉は表情を落としたまま、そう呟く。

「……野比くん。しずかを幸せにしてやってほしい。それが、僕からの最初で最後のキミへの願いだ……」

「………」

「まったく、頭に来る話だよ。こっちは昔からの想いを、ようやく叶えたと思ったのにな……キミに、それを引き継ぐなんて……」

「出木杉……」

出木杉は、絞り出すようにそう話した。
彼がそんなことを言ったのは、初めてのことだった。

彼は、心の底からしずかちゃんの幸せを願っていた。
恥を捨て、恋敵の僕に願ってまで、彼女の幸せを叶えようとした。

――それでも、僕はその願いを叶えることは出来ない。

 

565: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)22:49:43 ID:H3kqmpeHo

 

「……出木杉、それは、無理なんだよ……」

「……何だって?」

「僕には今、付き合っている人がいる。……その人が、僕にとって、大切な人なんだ」

「―――――ッ!!」

出木杉は激高し、とっさに僕の胸ぐらを掴み上げた。

「……キミは!!何を言ってるんだ!!ずっと憧れてたんだろ!?ずっと好きだったんだろ!?
しずかも、ずっとキミを待ってたんだ!!キミが、想いを口にするのを……ずっと……!!」

出木杉の言葉は、心からの絶叫のように思えた。涙を目いっぱいに溜め、想いの全てを僕にぶつけていた。

そんな彼の瞳を、僕はを見続けた。

「……出木杉……でも、僕には出来ないんだよ。――出来ないんだ」

「………!!」

「………」

「……チッ!」

出木杉は、僕の目を睨み付けた後、投げ捨てるように手を離した。
そして、荒々しくウイスキーをコップに注ぎ、飲み干す。

「……出木杉……」

「……不愉快だ……キミは本当に、不愉快だよ……!!」

「……出木杉、今から2時間後、街中の公園に来てほしい」

「……どうして僕が……」

「そこに行けば、全てが分かるさ。とにかく、来てほしい……」

「……分かったよ。行けば、いいんだろ―――」

 

566: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)22:58:44 ID:H3kqmpeHo

 

「―――しずかちゃん。僕は、キミを幸せにすることは出来ないんだよ」

「………」

「でもね、そこに立っている彼は違う。自分の想いを断ち切ってまで……歯を食い縛ってまで、ただひたすらにキミの幸せを願ってるんだ。
――彼ならきっと、キミを幸せにしてくれると思う。……それは、僕が保証するさ」

「……のび太さん……」

一度彼女に微笑みを見せた後、僕は公園の出入り口に向かった。
そして、彼の横を通り過ぎる直前、脚を止める。

「……ということだ、出木杉……」

「………」

「これから、キミが手を差し出す番だ。僕に出来ないことを、キミがするんだ」

「……相変わらず、不愉快だね、キミは……」

「すまないな。――しずかちゃんを、幸せにしてやってほしい。それが僕からの、最初で最後のキミへの願いだ……」

「……そんなもの、言われるまでもないさ……」

「……ああ。頼んだよ……」

そして僕は、公園を立ち去る。少しだけ離れた後、一度公園を振り返ってみた。
そこには、仄かに周囲を照らす街灯の下、ブランコに座る彼女と、彼女を抱き締める彼の姿があった。

……これから、二人の物語が始まる。
そこに、僕の席はない。

二人の幸せを願って、僕は公園から離れていった。

 

573: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)23:08:27 ID:H3kqmpeHo

 

翌日の仕事は、かなり早めに終わった。
咲子さんは舞さんと食事に行くらしく、誘われたが断った。
姉妹水入らずの食事会に、僕が言ってはアレだろうし。

家に帰ったころは、空は黄昏時だった。
茜空を見上げた後、アパートの階段を上る。

――ふと、僕の部屋の前に、何かが立っているのを見つけた。

「あれは……」

少し早歩きに、その場所へ向かう。
そこにいたのは、ペットボトルくらいの大きさのロボットだった。
服装は執事のような恰好をしている。
しかし全身かなりボロボロで、ところどころ錆びていた。

そのロボットは、僕が目の前に立ったところで、深々とお辞儀をした。

「……のび太さん。待っておりました……」

「……僕を?」

「はい。あなたに、お話があります。――私の主人、ドラえもん様の件です……」

「―――ッ!?ドラえもん!?」

ロボットは、静かに頷いた。

「それでですが、差支えなければ、少々お時間をよろしいでしょうか……」

「……うん」

 

578: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)23:21:41 ID:H3kqmpeHo

 

ロボットに案内されたのは、僕と咲子さんが来た、高台にある公園だった。
周囲に人の姿はない。
いるのは僕と、ロボットだけだった。

ロボットは僕に正対し、話を始めた。

「……このようなところまで連れて来たことを、深くお詫びします」

「それはいいんだ。……それより……」

「はい。……もうお気づきかもしれませんが、私は、ドラえもん様が取り出した道具なのです」

「やっぱり……」

「今より10年前、家にいたドラえもん様に、とある通知が届きました」

「……通知?」

「はい。……ドラえもん様の時代で制定された、異時空軸接触禁止法の件です」

「……異時空軸、接触禁止法……」

「増加する時間犯罪を抑止するために制定された法律です。その法律により、特別の許可を得た人物以外の、タイムトラベルは全面的に禁止されました。
――当然、ドラえもん様についても例外ではございませんでした」

「そ、それじゃ……」

「そうです。ドラえもん様は、未来に帰られたのです」

「……で、でも、どうして忽然と……」

「その法律は、過去、未来との接触の一切を禁止する法律。罰則者には、重い刑罰が科せられます。
接触の一切とは、文字通り全てのこと……写真も、痕跡も、そして、記憶さえも残すことは許されません」

「で、でも!僕は……僕達は、覚えているよ!?彼のこと……ドラえもんのことを!!」

「はい。……それは、特例的に残すことが許されたからです」

「……特例的?」

「はい。ドラえもん様は、これまで幾度となく、時間犯罪を防ぎ、世界の危機を救ってきました。その功績が考慮され、一切の痕跡を消す中で、関係者の記憶を残すことが許されました。
ですから、写真等は全て処分しながら、のび太さん達の心には、ドラえもん様が残り続けていたのです……」

「………」

 

584: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)23:31:04 ID:H3kqmpeHo

 

「――そして、特例的に認められたことは、もう一つあります」

「……え?もう一つ?」

「……それは、ひみつ道具を、一つだけこの時代に残すことです」

「じゃ、じゃあ……」

「そうです。そこで残されたのが、この私です」

「………」

「私は、執事ロボット。主人の依頼を、厳正に守るロボットです」

「………」

「ドラえもん様は、悩みました。何をこの時代に残すべきか。何を残せば、のび太さんの助けになるか……残されたわずかな時間の中で、ドラえもん様が選ばれたのが、この私です。
そしてドラえもん様は、私に、手紙を託されました。そして、こう言いました。
『この手紙のそれぞれが、のび太くんが一番必要だと判断された時に、届けてほしい』と……」

「じゃ、じゃあ……これまで手紙を届けていたのは……」

「はい。私です。手紙は私に備え付けられた四次元バッグに収納され、色褪せることなく保管され続けていました」

「………」

「……そしてこれが、ドラえもん様からの最後の手紙です……」

そしてロボットは、僕に一通の手紙を差し出してきた。

 

587: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)23:48:30 ID:H3kqmpeHo

 

―――――――――――――――――

のび太くんへ

この手紙を読んでいるということは、執事ロボットから全部聞いたと思う。

ごめんね、のび太くん。黙って帰ってしまって。
本当は、僕もずっと一緒にいたかったんだけど、だめなんだ。

大した道具を残せなくてごめんね。
ジャイアンに虐められても、仕返しできなくてごめん。
スネ夫にバカにされても、見返すことができなくてごめん。
しずかちゃんに嫌われても、機嫌を戻させることもできなくてごめん。

それでもキミなら、きっと、色んなことを乗り越えてこれたと信じてるよ。
だって僕は、誰よりもキミのことを知っているから。
大切な、友達だから。

キミといた時間は、僕にとって、すごく幸せで、すごく大切な時間だったよ。
僕は、キミと出会えて、本当に良かった。キミと友達になれて、本当に良かったよ。
この気持ちは、キミとの思い出は、未来に帰っても忘れないよ。
ずーっと、僕の宝物だ。

最後になるけど、のび太くん、どうか、元気でね。どうか、幸せにね。

僕は、未来から、ずっとキミを応援してるからね。
それを、忘れないでね。

――――――――――――――――――――――――――

 

588: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/13(水)23:49:36 ID:H3kqmpeHo

 

「――ド、ドラえもん……!!」

ドラえもんの手紙を読み終えた僕は、その場で蹲った。
彼の涙で滲んだ手紙を握り締めて、僕もまた涙が止まらなくなった。

「……そんなことない……そんなことないよ……!!
キミが残したものは、これまでのどの道具よりも素晴らしいものだった!!……僕を……助けてくれた……!!
キミの手紙があったから……僕は……頑張ることが出来たんだよ……!!」

ドラえもんの記憶が、頭の中に甦る。

一緒に笑ったこと、泣いたこと、びっくりしたこと、怖がったこと、遊びに行ったこと、
ご飯を食べたこと、ジャイアンの歌を聞いたこと、ケンカしたこと……

その全てが僕を包み、その全てが、止めどなく涙を流させる。

とても暖かい涙……とても寂しい涙……
そして、止めどない感謝の涙……それが全て入り混じり、僕は泣き続けた。

「……ドラえもん……ありがとう……ドラえもん……!!」

遥か遠くにいる彼に向けて、必死に声を出す。
震えながらも、うまく出なくても、必死に言い続けた。

彼への感謝を。そして、別れを。

ロボットが見守る中、黄昏が空を染める中、僕はドラえもんに、最後の別れをした。

 

594: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/14(木)00:03:44 ID:5ATncYawb

 

「……ありがとう。全部を話してくれて……」

ひとしきり泣いた後、僕はロボットに感謝を告げた。

「……いいえ。私は、主人の依頼を果たしただけです。――これでようやく、私も役目を終えれます……」

そう言うと、ロボットは足元から光に変わり始めた。

「……キミも、消えちゃうのかい?」

「はい。役目を終えた道具は、そのまま未来へ転送されます。……私も、あるべきところへ帰る時が来ました」

光は徐々に体を包み始める。ぼろぼろの彼の体は、足元から消え始めた。

「……最後にさ、キミの主人に伝言を頼んでいいかい?」

「……はい。主人のためなら……」

「ありがとう。……ドラえもんに、伝えておいてよ。
――“僕も、キミのことをずっと忘れない。キミはずっと、僕の大切な友達だ”って……」

「……かしこまりました。では……」

最後に深々とお辞儀をして、ロボットは光と共に消えた。
彼の光は空へと昇り、すっかり日が落ちて暗くなった空に、一つの橋をかける。
――僕とドラえもんを繋ぐ、最後の橋を……

僕は、その光が完全に消えるまで、見送った。
光が消えた空には、星が輝く。

その一つ一つが揺れるように光を放ち、まるで、僕に別れを言っているようだった。
そして僕は、最後に告げる。

「……ばいばい。ドラえもん……」

 

601: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/14(木)00:17:01 ID:5ATncYawb

 

それから僕は、家に帰った。

家の前に付くと、入り口に誰かがいることに気が付いた。

「あれは……」

その人は僕に気が付くなり、小走りで駆け寄って来た。

「……のび太くん、遅かったね」

「咲子さん……」

咲子さんは、笑顔で僕を出迎えた。
その手には、お弁当があった。

「……それは?」

「え?ああ、これね。これはのび太くんの分。結局家でご飯作っちゃって、残り物で悪いけどおすそ分け」

溢れるような笑顔を見せる彼女。その姿が、とても愛しく思えた。
そして気が付けば、僕は彼女の体を抱き締めていた。

「――ッ!?ちょ、ちょっとのび太くん――!?」

「……ありがとう咲子さん……僕は、キミとずっと一緒にいたい……」

「え?え?」

「少しだけ、このままでいさせてほしい。お願い……」

「……う、うん……」

ドラえもん……僕は、ダメな奴だよ。
仕事も怒られてばっかりだし、最後の最後まで優柔不断だったし……

でも、この人は、咲子さんは守っていきたいんだ。
こんな僕でも、そのくらいはしたいんだよ。

僕なら出来るよね、ドラえもん……

満点の星の下に、僕らは立っていた。
外の空気は冷たい。だけど、僕らの体は暖かかった。
とても、暖かかった―――

 

606: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/14(木)00:26:52 ID:5ATncYawb

 

~数年後~

「―――のび太!!咲子の準備が終わったぞ!!」

けたたましい叫び声を上げながら、舞さんは部屋に入って来た。

「ちょ、ちょっとちょっと!ノックぐらいしてくださいよ!!」

「細かいことを気にしない!!……へえ……似合ってるじゃないか……」

舞さんは、僕のタキシード姿をじろじろと眺めながらそう言った。

「……馬子にも衣装とは、よく言ったものだ」

「ありがとうございます。……それより舞さん、その手に持っているビールは何ですか?」

「あ?ああ、これか……飲む前の、景気付けの一杯ってところだ」

「いやもう飲んでるじゃないですか……。
ホント、酒の飲み過ぎはよくないですよ?……そんなんだから、また彼氏に逃げられ―――」

――ボクッ

言い終わる前に、顔面に舞さんの拳が突き刺さる。

「……殴るぞのび太」

「……も、もう殴ってます、舞さん……」

「……まったく……式の前に、顔面に青あざでも出来たらどうするんだ……」

「いやいや、殴ったのは舞さんであって……」

「――ほらほら!無駄話をしてる暇があるなら、とっとと行くぞ!」

舞さんは話を終える前にとっとと部屋を出ていった。
……これは、逃亡したか……

何はともあれ、僕は咲子さんの元へ向かう。
今日は、僕らの結婚式だ―――

 

610: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/14(木)00:36:01 ID:5ATncYawb

 

「……咲子さん?」

ドアを開くと、目の前にはウエディングドレスを着た彼女がいた。

「あ、のび太くん……」

ドレス姿の彼女は、とても綺麗だった。なんだか、感無量。

「……どうかなのび太くん。変じゃない?」

彼女は少し照れ臭そうにそう訊ねる。

「ううん!全然変じゃないよ!……本当に、綺麗だよ……」

「あ、ありがとう……」

「……」

「……」

僕達は向かい合い、互いに顔を隠すように表情を伏せる。
なんだか、すごく恥ずかしい……

「――ああ、お二人さん?そろそろ行かないと始まるぞ?」

そんな中、舞さんの呆れるような声が響いた。

「え!?あ、うん!……のび太くん……」

「うん。行こうか……」

僕らは手を繋ぎ、部屋を出た。
そして、みんなが待つ式場へと向かって行った。

 

615: ◆9XBVsEfN6xFl 2014/08/14(木)00:45:38 ID:5ATncYawb

 

「―――おめでとう!!」

「幸せになれよ!!」

晴れ渡る空の下、式を終えた僕らを、みんなが出迎えた。
紙吹雪が舞い、祝福の声と拍手が僕らを包む。
僕らは照れながらも、頭を下げて今日という日を迎えれたことを、みんなに感謝した。

―――ふと、僕は、式場の入り口に立つ何かを見つけた。

みんなが僕らに注目する中、入り口で、満面の笑みを浮かべて僕らを見守る、青いその姿―――

(あ――――)

すると祝福していた人が、一瞬彼の姿を隠した。そして再び入り口が見えた時、そこには、誰もいなかった。

(……あれは……)

「……?のび太くん、どうかしたの?」

咲子さんは、僕の顔を覗き込む。彼女の顔を見て、僕はもう一度笑みを浮かべた。

「………いや、なんでもないよ。なんでも……」

「……?」

不思議そうな顔をする彼女だったが、僕が笑うと、すぐに笑みを取り戻した。

(……見に、来てくれたんだね……。僕、幸せになるよ―――)

空を見上げながら、彼に言葉を送る。

澄み切った空は、まるで彼のように、どこまでも青かった―――――

終わり

 

618: 名無しさん@おーぷん 2014/08/14(木)00:47:31 ID:XE3c6TK4u

 

激しく乙

 

619: 名無しさん@おーぷん 2014/08/14(木)00:47:59 ID:tcRzu4WwO

 

ジーンときたーーーー!
たまんねぇな!おい!

 

631: 名無しさん@おーぷん 2014/08/14(木)00:55:52 ID:tcRzu4WwO

 

本当にすごいと思います!これからも暇があれば是非、書いてもらいたいと思います。ドラえもん的な話で!w

 

665: 名無しさん@おーぷん 2014/08/14(木)02:47:56 ID:dm0nWM9rs

 

ちくしょーきたら終わってやがったこなくそ!!
そして追いついた!!
本当にいい話だった!
乙!!

舞さんはもらった(ボソ)

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