悲惨な事故が起きてしまった洞窟を事例と共に紹介していく

 

 

 

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1: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:12:08 ID:KIn
コピペに加筆と参考を入れた程度のもんやけど暇つぶしに読んでや

 
2: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:13:05 ID:KIn

1.モスデール洞窟

1967年、ジョン・オグデンと5人の仲間たちは、イギリスのモスデール洞窟の地図にもない地域の地下3.2キロを潜っていた。
そのとき地上では、雨が降り始めていた。

オグデンたちは何時間も暗闇の中、曲がりくねった洞窟のトンネルをはいまわり、誰も足を踏み入れたことのない場所を探索していた。
だがこの岩の迷宮の奥深くにいては、これから起きることを知るよしもなかった。

土砂降りの雨で、地上の川の水位が上がり氾濫した。
洞窟の入り口にも水が押し寄せ、地下の迷路という迷路に一気に流れ込んできた。
狭いトンネルを慎重に移動していたオグデンたちは、背後に押し寄せるものすごい水の音を聞いた。
最初は足首までだった水位が、たちまち首までいっぱいになった。

唯一の望みは、頭上にある岩の小さな割れ目だった。
オグデンはなんとか体を持ち上げて岩の上の空気だまりに顔を出すことができたが、全員分のスペースはなかった。

下にいたほかのメンバーは、トンネルが水でいっぱいになって、皆死んでしまった。
オグデンだけが水の上に頭を出したまま、狭いクレバスにとらわれた状態になった。

オグデンが発見されたのは、それから数日たってからだったが、狭い割れ目にはさまったまま彼は絶命していた。
最後の空気を求めて必死にもがいたことだろう。

参考

https://youtu.be/JPmXdgHJIi8

 

3: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:14:03
>>2
ヒエッ

 

4: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:14:41 ID:KIn

2.ポガニカ湾の洞窟

2002年、クロアチア、ポガニカ湾の水深54メートルのところにある水中洞窟で、ダイバーたちがM・Kの遺体を発見した。
ダイビングマスクははぎとられ、胸には30センチのナイフが刺さっていた。

最初、警察は殺人事件として捜査した。
M・Kは友人たちとケーブダイビングに来ていてため、彼を刺して洞窟に遺体を隠した犯人はその友人のひとりではないかと思われた。
しかし、解剖の結果、彼の死は殺人よりももっと恐ろしい結果であることが判明した。

M・Kは、洞窟の迷路の中で迷ってしまい、酸素がなくなりかけて溺れそうになった。
ふたつの岩の間にある気泡を求めて上昇しようとしたが、それでも生き延びるには十分ではなかった。
彼はここで死ぬと気づいたが、それは想像を絶する恐怖と苦しみだったろう。
溺れ死ぬときの苦しみはとても堪えがたいものだという。
M・Kはその地獄の苦しみから逃れるために、自ら胸にをナイフで突き刺したのだ。

参考

https://youtu.be/_k_tYSuQ8ic

 

8: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:17:46 ID:KIn

3.ステールクフォンテン洞窟

ピーター・フェアウルセルは、危険なことが大好きだ。
1984年、友人たちと南アフリカのステールクフォンテン洞窟へケーブダイビングにやってきたとき、彼はあらゆる安全マニュアルを無視した。

水中では従うべき決められたルールがあるが、好奇心に負けた彼は予定の進路をはずれてどんどん深みにはまってしまった。

進路無視を3度繰り返した時点で、友人たちはピーターを見失った。
ピーターは迷路のような水中のトンネルを進む中で、自分が迷ったことに気づいた。
脱出方法がまるでわからない洞窟の中にひとり取り残されてしまったのだ。
しかも、酸素は尽きようとしていた。

幸いなことに、トンネルの行き止まりに小さな島があり、ピーターはそこによじ登って水から出ることができた。
少なくとも溺れ死ぬことはなかったが、酸素がほとんど残っていないため、帰り道を探しに行くことはできない。
望みは救助を待つことだけだった。

ピーターは数時間待ち続けたが、疲労で眠り込んでしまった。
目が覚めても、助けは来ていなかった。
食べるものもなく、真っ暗な洞窟の中でただひたすら待つしかなかった。

結局、骨と皮だけになって餓死したピーターが発見されたのは6週間後だった。
最期の日々、死を悟った彼は、砂の上に妻と母親宛てに遺言を残していた。
“シャール、そしてママ、私はあなたたちを愛している” と。

参考

 

10: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:19:25 ID:KIn

4.ブッシュマンズ・ホール

2005年1月、デイヴ・ショーはディオン・ドライヤーの遺体を回収することに決めた。
ディオンは、10年前に南アフリカのブッシュマンズ・ホールの水深270メートル付近で行方不明になり死んだ。
デイブは彼の骨を遺族の元に戻すつもりだったのだ。

ディオンの遺体はすぐに見つかり、安全に浮上させるためにデイヴは遺体にロープをとりつけた。
遺体袋に収容しようとしたとき、遺体の首が折れて浮遊し始め、それを取り戻そうとしてデイヴはもがいた。

デイヴの息は上がり、すぐにボンベが供給する酸素量が追いつかなくなった。
除去されるはずの二酸化炭素が肺に戻ってきてしまい、デイヴはますます焦った。
ディオンの遺体を回収しようとすればするほどうまくいかず、時間ばかりが過ぎていった。

5分後、デイヴは諦めて、そのまま浮き上がろうとしたが、ライトがディオンの遺体にとりつけたロープにからまってしまった。
デイヴは必死でなんとかしようとしたが、体が沈み始めてパニックになり、結局窒息した。
自分が助けようとしたディオンの隣でデイヴもまた帰らぬ人となった。

3日後、ダイブチームが機器を回収している間に両者の遺体が水面近くまで浮上したため、無事回収された。

参考

https://youtu.be/OVZ_XAXUWlw

 

11: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:21:25 ID:KIn

5. ナティ・パテ洞窟

2010年、ライアン・シュルツはジョン・ジョーンズを助けようと、すでに19時間も奮闘していた。
ジョンは、アメリカ、ユタ州のナティ・パテ洞窟の狭い隙間に頭からはまって、さかさまの状態で身動きがとれなくなってしまったのだ。

ライアンと仲間たちは、ジョンを救出するためにあらゆる手を尽くし、滑車装置を組み立てて、ジョンを引っ張り出そうと試みた。
ライアンはジョンのそばにいて話しかけ、彼を落ち着かせた。

「太っているためにこんなことになって、すまない」ジョンは言った。
「ぼくが太っていなかったら、君たちがこんなに苦労することはなかったんだ」
ライアンは、無事に脱出できたら、ジョンのトレーニング仲間になると約束した。

滑車が設置され、実際に引き上げが始まると、ジョンは痛みに悲鳴をあげた。
少し休んで再び引き挙げる間、ライアンはジョンに話しかけ続けた。

ところが、事態は悪い方向へ向かった。
ロープが切れて金属のカラビナが落下し、それがライアンの顔を直撃した。
その衝撃でライアンは舌を半分かみ切ってしまい、ジョンも再び穴の中に落下してしまった。

ライアンは撤退するしかなかった。
口から血をしたたらせながら、ライアンはジョンに必ず戻ってくると約束した。
ライアンは崩壊しそうな洞窟から助け出され、ライアンの父親が後を引き継いだ。
「必ず助け出してやる」穴の底にとらわれているジョンに声をかけたが、ジョンはすでに意識を失っていて、二度と目覚めることはなかった。

参考

https://youtu.be/WaIoXN-7FjM

 

13: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:22:49 ID:KIn
このナティ・パテ洞窟のやつが参考図が詳細でくっそ怖い

 

14: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:24:01 ID:KIn

6.クリスタル洞窟

ケンタッキーに住むフロイド・コリンズが、クリスタル洞窟を見つけたのは1917年のこと。
彼は洞窟を隅々まで探検しようと決め、それから8年間、自らが洞窟の中にとらわれてしまうまで、内部のトンネルを調べまくった。

持っていたランプがちらつき始めたので、コリンズは明かりが消える前に脱出しようとした。
狭い隙間をよじ登っていたときに、緩んだ12キロの岩が彼のくるぶしに落ちてきたため、彼はその場で動けなくなってしまった。

17日間、救助隊がコリンズを救おうとしたが、なにをやってもうまくいかなかった。
一縷の望みをかけて坑夫を連れてきて、彼の近くに立坑を掘ろうと試みた。
それを待っている間、コリンズは一躍有名人になった。
観光客がこの救出劇を見ようと現場におしかけたのだ。

ちゃっかりした商売人たちが、こうした野次馬向けに食べ物や飲み物や土産物を売る屋台まで出した。
しかし、立坑が貫通するのにとても時間がかかってしまい、コリンズは18日目に低体温症と飢えと渇きで死んだ。

参考

https://youtu.be/Trm-0bEZN14

 

16: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:24:24 ID:tw@ba_mian77
すっごE

 

17: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:25:17 ID:KIn

7.クリーク洞窟

1995年、17人の学生のグループがニュージーランドのクリーク洞窟を訪れた。
誰一人として危険なことはなにもないと信じていた。
洞窟の中の狭いトンネルをはいつくばって進んだりしたわけではなく、ちゃんとガイドがついたツアーに入って、観光客向けに整備された道を通っていたからだ。

一行は深い裂け目を上から眺められるデッキにたどり着いた。
足場が脆い感じがしたが、おもしろがってジャンプして揺らしてみたりした。
いかにも頼りない様子に驚いたが、きちんとした安全基準がある時代のことだから、見た目より案外しっかりしているのではないかと学生たちは考えた。

しかし、それは間違っていた。
このデッキは技術的知識のない者が設置していた。
手ごろなドリルがなかったという理由で、実際にはボルトではなく釘が使われていたのだ。

ついに、デッキは学生たちの体重を支えきれなくなって倒れ、崩れて下の深い裂け目に落下した。
ひとりの学生は、手すりにつかまってなんとか助かったが、17人のうち一命をとりとめたのは4人だけで、ほかの13人の学生たちは放り出されて死んだ。

生き残った者はヘリコプターで吊り上げられて救助された。
脊椎を折った女子学生もいたが、命があるだけ運がまだよかったとした。

参考

https://youtu.be/Mih1Rxy0iAM

 

18: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:25:39
アホやんけ

 

19: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:26:26
事故多いな

 

20: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:26:47 ID:KIn

8.パンニキン・プレインズ洞窟

1988年、アンドリュー・ライトは15名のチームで、世界最深と言われる西オーストラリアの洞窟を初めて探検していた。

そんなとき、突然嵐が襲い、洞窟の入り口から洪水の水が入り込んできて、洞窟の中間付近が崩落した。
15名は地下に閉じ込められ、ライトと数人は狭い岩棚で足止めをくらってしまった。

頭上の岩は今にも崩れてきそうだったが、大量の水が迫ってきていて、どうしたらいいのかわからなかった。
洞窟の壁の岩が次々に水の中に落ちて、あえて足を踏み出そうものなら、直撃される恐れがあった。

ライトはなんとかこの状況を打開しようと、水の中を泳いで出口を見つけようとした。
27時間以上かかって、全員が一致協力して脱出に成功した。

参考

 

 

21: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:27:16
山登って死ぬのは百歩譲ってわかるけど、洞窟に入って死ぬのは頭おかしいやろ

って思ったけど、実際洞窟ってかなり綺麗だからな…

 

24: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:29:25
>>21
綺麗な薔薇には棘がある

 

22: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:27:24

>誰一人として危険なことはなにもないと信じていた。

結局、これなんやね。
「自分だけは大丈夫」
って思ってる連中が、こうなるわけで

 

25: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:29:26 ID:KIn

9.ナム・タル洞窟

2007年10月、ヘレナ・キャロルはタイのナム・タル洞窟には行ってはいけないと言われた。
この季節はタイのモンスーンの時期で、相当な雨が降る。
もし行ったら、二度と帰ってこられないという。だが、ヘレナはその警告を無視した。

警告を無視したのはヘレナだけではなかった。
彼女のボーイフレンドのジョン・カレン、それに7人のツアー客も、危険をかえりみなかった。
そしてすぐにそれが最大の間違いであったことに気づいた。
彼らは背後に突然怒号のような音を聞き、水が押し寄せてくるのを目の当たりにしたのだ。

ヘレナは思い出す。
「避難のためにジョンとわたしが岩を登り始めたとき、まず見えたのはツアーガイドとドイツ人少年が水にさらわれるところだった。それからスイス人夫婦とふたりのかわいらしい少女たちも」
ヘレナは足を滑らせそうになったが、ジョンが彼女をつかまえ、岩棚に上がることができた。
そこは真っ暗だったが、下を流れる恐ろしいほどの水の音が聞こえたという。

「ここに留まっていたら、ふたりとも死んでしまう」
ジョンはそう言って、レスキュー隊を連れて戻ってこようと、泳いで助けを求めに行った。
ヘレナはそこに残って、最愛の人が流れの中に消えていくのをただ見つめるしかなかった。

ヘレナはたったひとりで待ち続け、救助隊がやってきたのはそれから8時間後だった。
ヘレナは助け出されたが、ほかの者の遺体が棺に並べられ、ジョンの遺体もスイス人少女の隣に横たわっているのを見て、初めて生存者は自分だけだったことがわかった。

参考

https://youtu.be/POU5NqVCw38

 

26: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:31:13 ID:KIn

10.プルーラ洞窟

カイ・カンカネンは、ノルウェーのプルーラ洞窟に潜った最後のダイバーのひとりだ。
2014年2月の寒い冬の日、洞窟に続く池は凍っていたので、ダイバーたちは潜る前に氷に穴をあけなくてはならなかった。
パトリック・ゴンクヴィストとヤリ・フオタリネンが最初に潜り、カイのグループが後に続いた。

計画では、プルーラのトンネルを泳ぎ、反対側の山腹の出口に出るというものだった。
カイが進んでいくと、ヤリの遺体を発見した。
ヤリは狭い通路で身動きがとれなくなって、パニックになって水を飲んで窒息したようだ。
今はヤリの遺体が、行く手をふさいでいた。

カイと一緒にいたヤリ・ウーシマキが動揺して呼吸が速くなり、二酸化炭素で溺れそうになった。
カイは助けようとしたが、ウーシマキを落ち着かせることができず、彼はそこで絶命し、カイはひとり取り残された。

カイは凍えるような水の中を泳いで、なんとか元の池に戻ったが、開けたはずの氷の穴が見つからない。
池の表面を覆っている氷を叩き割りながら突き進むしかなかった。
池から脱出するまで、カイは11時間も水の中にいた。
グループのほかのメンバーは、別の出口から出て助かった。

遺体の回収は警察が編成した国際チームが着手するが、あまりの困難さに断念した。
そこで、生存者たちが自身らで回収することを決意し、秘密裏に潜って無事回収した。
これらの経過はドキュメンタリー映画「洞窟探検ダイビング」に一部始終が収められている。

参考

https://youtu.be/mEDOeS782rc

 

27: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:31:20
こういうのって閉所恐怖症なんかな
入って狭い中で戻れない状況
誰でも怖そうやが

 

28: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:32:53
挟まって身動き取れない系が一番苦手や

 

29: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:33:03
やっぱパニックに陥るんやな

 

30: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:34:17 ID:KIn
以上や
ネトフリでプルーラ洞窟の遺体回収ドキュメンタリー見て建てた

参考はココ
http://karapaia.com/archives/52233456.html

 

32: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:34:55

 

35: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:39:36 ID:KIn
>>32
これほんとこわい
暗くて広くて深くて上がれないって想像するだけでアカン

 

36: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:39:47

世界の素敵な洞窟をどうぞ

 

42: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:57:47 ID:KIn
>>36
光る幼虫ほんと見てみたい

 

37: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:44:06
ワイも昔、地元の海岸の洞窟を探検しようと画策したことがあったンゴねぇ
いろいろあって結局やらなかったけど、もしこんなことになったらと考えるとゾットするよ

 

38: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:45:53
狭い+暗いとか絶対無理や

 

41: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)19:57:19
洞窟とは違うがクレパスに消えた女性隊員ってのもグッとくるものがあるんよなぁ…

京都山岳会登山隊の白水ミツ子隊員が、第一キャンプからベースキャンブへ下山中、ボゴダ氷河のヒドン・クレバスに転落、死亡したのは、1981年6月10日のことであった。
もちろん、この日、死亡がはっきりと確認されたわけではなく、救出が困難なままに、氷河の中に見捨てざるを得なかったのである。
白水隊員は救出の断念を自ら望んだが、暗黒の氷の割れ目の中で、一条の生の光に望みを託しながら最後まで死とたたかっていたとすれば、その死亡日付はあるいは半日か一日、変更されることとなるわけである。

記録――
6月10日午前11時20分、ボゴダ峰第一キャンプから30分ほど下ったアイスフォール帯直下の広い雪原状の氷河上で、白水隊員はクレバスに転落した。
直ちに第一キャンプに緊急連絡され、第二キャンプから駆けつけた救助隊員が現場に到着したのは13時10分。
彼女の生存は確認された。
宮川隊員がクレバスへの下降を試みる。
入口は80センチくらいの人間がやっとひとりくぐれるくらいの氷の割れ目だが、中に入るにしたがってさらに狭くなり、上から4メートルのところで少し屈曲して幅は50センチくらい。
そこで下の方にひっかかっているザックが見えた。
しかしそこからはさらに狭くなり、靴を真っすぐにしては入れず、アイゼンの爪が効かない。
ザイルにぶらさがったままの状態で、少しずつ降ろしてもらい、ようやくザックに達する。

「大丈夫かあ」期待をこめてザックに手をかけるが、その下に白水さんはいない。
声をかけると、応答はあった。
が、まだはるか下の方である。
そこからは氷の壁はまた少し屈曲し、真っ暗で、さらに狭くてそれ以上は下降できない。
やむなくザイルの端にカラビナとへッドランプをつけて降ろす。
10メートル(上からは20メートル)降ろしたところで彼女に達したようだが、彼女自身どうにもザイルをつかまえることが出来ないのか、ザイルはかすかな手ごたえを感じるが、そのまま空しく上がってくる。

そういう作業を何度も「しっかりしろ」と大声で彼女に呼びかけながらやっている時に、
「宮川さぁーん、私ここで死ぬからあー」
「宮川さぁーん、奥さんも子供もいるからー、あぶないからぁー、もういいよぉー」
という声。
かなり弱った声だったが、叫ぶような声だった。
彼女自身でもう駄目と判断してのことだろう。

まったくやり切れない気持ちだった。
声が聞こえてくるのに助けられない。
くやしさが全身を貫く。
十六時、彼女の声はまったく聞こえなくなった。
カメラ助手の新谷隊員、そして当日頂上アタックした山田、大野両隊員もクレバスに降りた。
しかし誰も宮川隊員が降りた位置より下には行けず、二十一時ついに救助作業を打ち切った。
(京都山岳会隊・宮川清明隊員の手記)

白水さんは二十九歳、独身だった。

「みちくさ新聞」3号掲載

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/9003/books21.htm

 

44: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)20:02:15 ID:KIn
>>41
これほんとやりきれなくて悲しい
クレバス系は挟まっても暗闇に消えても恐ろしいわ

 

47: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)20:27:32
ブルーホールとかの底が知れないような深い穴怖くてすこ

 

48: 名無しさん@おーぷん 2018/06/29(金)21:02:09 ID:KIn
>>47
こういうのゾッとする

 

15: 名無しさん@おーぷん2018/06/29(金)19:24:12
このスレ怖すぎやろ…
ブクマしとこ…

 

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【不気味な事件】ロシア・ディアトロフ峠事件(1959年)【閲覧注意】
http://kotorinet.site/archives/10262

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転載元:http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1530267128/

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