【涙腺崩壊】親父の余命があとわずかです

 

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1: 名無しさん@お大事に 2007/11/19(月) 23:29:16 ID:gVGxNDx0

長くても今月いっぱいらしいです。
16日に入院したばかりなのに・・・

もうどうしていいかわからない・・・。

 
2: 1 2007/11/19(月) 23:32:26 ID:gVGxNDx0

ずっと咳をしていた。

家族も本人もたばこの吸いすぎだと思っていた。

だんだん食事もとれなくなってきていたらしい。

それでも病院嫌いの親父は病院に行かなかった。

 

3: 1 2007/11/19(月) 23:34:46 ID:gVGxNDx0

10月まで仕事を続けた。

でもあまりの辛そうな仕草にお袋が病院に引っ張っていったらしい。

「点滴の1本でも打ってもらえば治るだろうから。」

そう騙して(とお袋は言っていた)近くの診療所に連れて行ったそうだ。

 

4: 1 2007/11/19(月) 23:36:19 ID:gVGxNDx0

血液検査をしてレントゲンを撮って・・・

ちょっと調べただけでも医者はすぐわかったんだろうな。

すぐ大きな病院に転院することになった。

 

6: 1 2007/11/19(月) 23:38:10 ID:gVGxNDx0

そこでも同じような検査・・・

病院嫌いの親父はそりゃ嫌だったのだろう。

11月に入って3つ4つの病院を転々とし、下された結論は

    癌

だった。

 

5: 名無しさん@お大事に 2007/11/19(月) 23:37:44
早めに火葬場の手配しとけよ。

 

7: 1 2007/11/19(月) 23:39:58 ID:gVGxNDx0

>>5
早速レスありがと

火葬場の手配ってどうやるんだ?
あといくらぐらいかかるんだろ?

身内が死ぬのは初めてなのでよくわからん。

 

8: 1 2007/11/19(月) 23:41:18 ID:gVGxNDx0

まあ、最後の病院に行ったときそのまま入院になった。

その時初めて俺の所に連絡がきたんだ。

「親父が入院した」 と。

 

9: 1 2007/11/19(月) 23:43:34 ID:gVGxNDx0

医者嫌いを知ってた俺は

よく病院に行く気になったな、と感心し

それほどまでに悪いのかと嫌な予感もしたんだ。

きっと癌だろうと予測もしてた。

何となくなんだろうけど、あぁもう長くはないのかなと感じたりもしていた。

 

10: 1 2007/11/19(月) 23:47:02 ID:gVGxNDx0

病院に見舞いに行ったらいろんな管につながれた親父がいた。

呼吸も苦しいらしく鼻から酸素を吸っていた。

起きあがろうとし、チューブが引っかかってうまく起きあがれなかった。

「ワンワン、犬と同じだな繋がれちゃって」

そう言って親父は笑ったがその姿は痛々しかった。

 

11: 名無しさん@お大事に 2007/11/19(月) 23:48:06
病院には出入りの葬儀屋がある
看護士長さんに聞くと教えてくれるよ
役所に火葬許可証出すとかも代行してくれる

 

13: 1 2007/11/19(月) 23:52:49 ID:gVGxNDx0
>>11
そうか、病院に言えばいいんだな。
カードとか使えるのだろうか?
まぁ、それはそのときに聞けばいいか。

 

12: 1 2007/11/19(月) 23:50:13 ID:gVGxNDx0

ちょっと話をするのも苦しそうだった。

一時期あんなに痩せていたのに寝ていた親父の腹はパンパンだった。

医者が言うには水がたまっているらしい。

抜いても2日ぐらいですぐたまってしまうのだそうだ。

それほどまでに悪いと言うことなのだろうか?

俺にはわからない。

 

14: 1 2007/11/19(月) 23:55:39 ID:gVGxNDx0

病名はなんだか忘れたが癌でいろいろ転移していると言うことらしい。

肺・胃・肝臓・大腸・・・

肺なんてレントゲンで見たら真っ白なんだぜ。

これ見たときに、

あぁ、本当に死ぬんだな

って実感したよ。

 

15: 1 2007/11/19(月) 23:57:24 ID:gVGxNDx0

子供が起きそうだ。

寝かしつけてくる。

 

16: 名無しさん@お大事に 2007/11/20(火) 00:34:04
たとえここに書き込んでも俺らはなにもできんし、あんたのためにもならないと思うが。

 

17: 名無しさん@お大事に 2007/11/20(火) 00:45:01

足跡を遺してやりたい気持ちは解る

管に繋がれてしまうと諦めてしまうんだろうか
そうなった時の衰弱は早い

残された時間出来るだけ顔を見せてやれ
それが短い時間で出来る最高最良の親孝行だ

 

18: 名無しさん@お大事に 2007/11/20(火) 01:12:21
携帯から失礼します。
私も父を癌で亡くしました。
強靭な体の父が、日に日にやせ衰えて行くのを見るのは
辛く悲しく言葉になんて出来ない程苦しい事でした。
残される家族は辛いでしょうが、一番辛いのは本人です。
「俺は死ぬのは怖くないが、おまえ達と別れるのが辛い」とこぼした事があります。
残された時間、お互いに悔いのないよう過ごされて下さい。
私もそう過ごしたつもりですが、今考えると悔いばかりが残っています。
私の父が入院したのも今時期だったので、思い出してホロリとしてしまいました。

 

19: 名無しさん@お大事に 2007/11/20(火) 10:36:06

>一時期あんなに痩せていたのに寝ていた親父の腹はパンパンだった。
>医者が言うには水がたまっているらしい。
>抜いても2日ぐらいですぐたまってしまうのだそうだ。
症状が親父と似すぎててスルー出来ない。
たまるペースはもっと速かったみたいだが。
水を抜くと凄くラクになるらしいな。
水抜いた日はぐっすり寝てた。

肝臓病んで入退院繰り返してて、ある時お腹が痛むからって
お袋が救急車呼んだら、そのまま逝った。
東京で働いてて頻繁に九州には見舞いに行けなかったし、その時も東京にいた。
親父は逝く2、3日前に東京の俺に会いに行こうとお袋に話したらしい。
じーちゃんばーちゃんや親戚には言うなよ?怒られっからwwと笑ってたそうだ。
後悔しまくってる。危篤の報を受ける前に逝った。連絡は通夜と葬式の日取りだったよ。

一分一秒でも長く、一緒に過ごす時間を作ってあげて。
それと気をしっかり持て。
レス読んでる暇があったら親父さんの為に何が出来るか考えてやれ。

 

20: 名無しさん@お大事に 2007/11/20(火) 10:46:47

1と今同じ状況です
胃潰瘍で入院して念のため調べたら、肺肝臓副腎にガンがあり
大腸、脊髄、脳への転移はこれから調べる所だよ。

本人への告知をどうしていいかわからん・・・
退院して嬉しそうに散歩してる親父を見てたら
泣きそうになってくるよ
オカンは憔悴しきってるし。

26歳毒男ですまん・・・

 

21: 1 2007/11/20(火) 11:22:56 ID:y7ll9071

携帯から失礼します。
昨日は食事を残したそうだ。
咳き込んであまり食べられないらしい。

本人は後3ヶ月は生きられると思っているところが辛い。

 

22: 名無しさん@お大事に 2007/11/20(火) 12:15:14

>>1
>>20

俺も最近、父親をみとったよ。
悔い残らないように接してくれ。
いくら悔い残さないようにしたって亡くなったときの悲しみは計り知れないかもしれないけど、自分らにできることはそれしかないような気がします。

回復祈ってます。

 

23: 1 2007/11/20(火) 22:23:20 ID:OGe4ZSDZ

今日もまだ生きてるみたいだ。

でもあまり食べられなくなっているみたいだ。

いつ電話が鳴るかそれが恐ろしい。

 

24: 名無しさん@お大事に 2007/11/21(水) 02:31:33
俺はいまんとこ転移はないけど、厄介な悪性腫瘍なんだ。
死ぬのは辛いっていうか残念なことだって感じた
この世のゆくすえも見られないし、愛する人達ともいられなくなる
でも、死んだらそれすら解らなくなるから
遺された人達のほうがずっと辛いんだと思ったよ
だから>>1ガンガレ
いっぱい一緒にいて、これから生きていく自分に後悔を残さないようにな。

 

26: 1 2007/11/22(木) 00:13:04 ID:traiyKN+

>>24
カンガレ、ほんとガンガレ
最後の最後まで生き抜いてくれ。

うちの親父は本当は18日まで持つかどうかだったらしい。
でもまだ持ってるみたいだ。
食事はだんだんとれなくなってきているらしいが・・・。

週末の3連休が山だろうな。

 

25: 名無しさん@お大事に 2007/11/21(水) 16:33:57
ウチの義父が>>1のお父さんと同じような状況です。
夫や義母は努めて普通に振る舞ってるのが痛々しい。
下手な慰めは言えないし、どう接すればいいか…。
ただ、なるべく一緒にいてあげてと言うしかできない。
悲しいね。

 

26: 1 2007/11/22(木) 00:13:04 ID:traiyKN+

>>25
普通に振る舞うことのなんと難しいことか。
一緒にいてやりたい。
でもそれだと感づかれるからおまえは会社に行けと
お袋から言われている。

毎日携帯を気にしつつ仕事をする日々。

電話が鳴ってから急いで向かっても間に合わないのかもしれないけど。

 

27: 名無しさん@お大事に 2007/11/22(木) 00:33:00

経験上、まだもつよ。
しかし、覚悟を決めることが大切。

先走った話で申し訳ないが、親の葬儀を滞りなく出すのも子供の勤め。
まずは、葬儀用の写真を用意しておくべき。
顔の大きさが親指の大きさがあれば、心配ないよ。

 

28: 2007/11/22(木) 01:15:05

私は行方不明の父を30年ぶりに棺の前で1月に対面しました。
心筋梗塞だったらしい。
すぐ近くにいたのに、知らなかったから何もできなかった。

主は、お父様のそばにいてあげてください。
いっぱい顔見せて話してあげて。
30年ぶりに会えた父は、私の大きくなった姿見たかったのか、うっすら左目が開いてました。

 

29: 名無しさん@お大事に 2007/11/22(木) 03:30:22
1さん
自分の親父もよく似た感じでした
つい先程、兄からなくなったと電話が来ました
始発で会って来ます。
自分は死に目にも会えなかったですが、後悔しないつもりです。
うちの親父の分も1さんの親父さんには頑張って、長生きしてもらたいです!
家族があきらめたらあかんよ!

世間ではええ親父かと言えばそうじゃないかも知れませんが、俺にとっては世界一の親父です
もしよかったら、手でも合わしてあげて下さい、さみしがり屋だったので喜ぶと思います。
悲しい報告ですいませんm(__)m

 

31: 名無しさん@お大事に 2007/11/22(木) 11:32:37

俺も十年以上前、20歳の時に親父を癌で亡くしたよ。
腹水は苦しいらしいね…それぐらい末期だと自分でも、あとどれぐらい生きれるか分かってきてるんじゃないか?
自分の体は自分が一番良くわかるからね

その時には、いっぱい泣いていっぱい御礼を言ってあげて欲しい。
親父はそれが何よりも嬉しかったらしい。
大事な人達に愛されていたという事実は、死の恐怖を打ち消してくれるから。

 

32: 1 2007/11/22(木) 11:39:11 ID:nzzu1zZS

危篤となったと連絡ありました。
間に合わないかもしれない。

 

34: 名無しさん@お大事に 2007/11/22(木) 12:32:07
>>1
ガンガレ
間に合うように祈ってるよ
道中気をつけてな

 

35: 名無しさん@お大事に 2007/11/22(木) 13:14:43
急げよ間に合うように
ガンガレ
最期だったとしてもしっかりな

 

36: 名無しさん@お大事に 2007/11/22(木) 13:28:44

心中お察しします。

これからが精神的にも肉体的にも頑張り所になることと思います。
どうか乗り越えて下さい。
自分が父を亡くした時とカブってしまい、胸が苦しくなりました。

頑張って!

 

37: 名無しさん@お大事に 2007/11/22(木) 16:50:36
俺もあったなあ。
思いっきり泣くといいよ。
俺はオカンが死んだとき、 延命拒否してたから、 心停止後、酸素マスクを俺がすぐ外した。
その後、オカンを抱いて、添い寝したあと、 非常階段で数時間泣き続けた。
酸素マスクとったことが良かったのかどうか考えながら。

 

38: 名無しさん@お大事に 2007/11/23(金) 02:11:09
うちのオヤジも今月癌で入院した
いろいろ調べまくったが長くはない。
お互いこれからがツライと思うが
いまできることは顔をすこしでもみせてあげることなんだろうな
なにもできないなんて悔しいけどな・・

 

39: 1 2007/11/23(金) 09:52:43 ID:iW8TZjBZ

1です。

なんとか間に合いました。
今はちょっと持ち直したのか、昨日は少しだけ話せました。

よく怒鳴ってた親父がお袋を良く思ってたことにびっくり。
意外な一面もみれました。

死んだ後の話とかもちょっとできたし、
今朝はちょっとだけど孫の顔を見せることもできました。

昨日の夜から鼻チューブから酸素マスクに格上げしました。

ちょっとでもはずすとすぐに酸素濃度が落ちてきます。

自宅にはもう帰れないでしょう。

皆さんの中でも大変な方がいらっしゃるようですね。
お互い頑張っていきましょう。

 

40: 名無しさん@お大事に 2007/11/23(金) 11:22:26
心中さぞ苦しいでしょう…少しでも容態が安定しますように。

 

41: 1 2007/11/23(金) 16:01:04 ID:iW8TZjBZ

1です。

医者の言うことは当てにならないのかなんとかまだ生きてます。
癌に優劣は無いのでしょうけど肺癌はひどいですね。

どんな痛み止めを処方されでも呼吸は楽にならないみたいです。
眠くなるぶん体に酸素が行き渡りにくく息苦しくなると先生から言われました。

体は痛い、息苦しい。
でも頭はしっかりしてるんですよね。
それが見ていてとても辛い。

脳死状態になるより心臓停止状態になるより、
肺機能が停止してしまったらものすごい辛いのではないかと心配です。

どうせ死ぬことはわかっています。
だったら、楽に逝ってほしい。

 

 

42: 名無しさん@お大事に 2007/11/24(土) 02:45:51
がんばれ…
超がんばれ…
せつねぇ

 

43: 1 2007/11/24(土) 03:32:09 ID:LU9NpogI

1です。

今また病院に来ました。
親父の意識はちょっと混濁してるのかいろんな事を言ってます。
きちんと聞いてあげるのも親孝行かなと思ってます。

だいぶ昔話もできました。
今更ながら親父との確執も取れた気もします。
本当、今更ですけどね。
この時間は今まで生きてきた中で一番密度の濃い時間だと思ってます。

家を出る前に妻にも
「何かをやろうとするのに遅すぎるということはないよ。 世の中には最期の話ができない人も多いのだから何でもいいから話してきな」
と言われてます。

親父の起きているこの時間を大切にしていきたいです。

 

 

44: 名無しさん@お大事に 2007/11/24(土) 05:48:03

そう考えると告知は大事だな。
俺の親父は最後はボロボロだった…
自分では最後が近いのが分かっていて、お別れを言いたいのに、周りの人が聞いてくれない…

優しく、静かだった親父が怒り母さん、看護婦さんに、あたりまくっていた。

大事な家族に嘘をつかれたまま、孤独な心のままで逝ってしまった…

聞いてあげれば良かったと大後悔しています。

>>1さんが後悔しない様、お父さんとの二度と無い大切な時間を大事にして下さい。

 

45: 名無しさん@お大事に 2007/11/24(土) 20:04:15

私も大後悔だ。
もう1年たつのにまだ毎日涙が枯れない。

できるだけ側にいてあげたかった。
もっと話を聞いてあげればよかった。

ごめんお父さん。

そうならないよう>>1ガンガレ!超ガンガレ!
別れは遅かれ早かれやってくる。
だから気づいた今、後悔ないよう暮らしてやってくれ。

 

46: 名無しさん@お大事に 2007/11/24(土) 21:28:16

>>45

お父さん45に涙を流して欲しくないはずだよ。
亡くなる人は亡くなる瞬間には本能で腹を決めてると思う。
たとえ告知がなかったとしてもわかるはずだ。
それより残された者が元気に頑張れるか心配してるはずだよ。
だからなくな。
お父さんのためにも立ち直るんだ。
そうすればお父さんも安心するはずだよ。

 

47: 名無しさん@お大事に 2007/11/25(日) 03:25:14

>>46
ありがとう。少し救われた気がしました。

私の父は仕事中に脳出血で倒れ、命はとりとめたものの1年間植物状態だったんだ。

苦しむ姿見たくなかった。
いつまでも優しくて強いお父さんでいてほしかった。
心の中で、いっそのこと、安楽死を…と考えたりしてたんだ。
苦しむ姿を見たくなかったからお見舞いも母に任せっきりで…

だから後悔してるんだ。
してもしてもしたりない、涙がとまらない。
大好きだったお父さんだったから。

 

48: 1 2007/11/25(日) 04:47:47 ID:so4uafWv

1です。

まだ生きてます。
今病院につきました。
家族と交代です。

医者にはあまり眠れてないようなので薬を増やして欲しいと依頼しました。
お陰で寝てくれる時間が増えた気がします。

本人は医者に、
「俺はいつ死んでも構わないと思ってるんだ。 ただ、いつ死ぬかが知りたいんだ。 10年後なのか3年後なのか。 はっきり言って欲しい」

医者は、
「後3年後の話なんか誰もわからないですよ。 肺のほうが良くなって酸素を外しても大丈夫になったら、その時考えましょうね」
と言ってもらいました。

親父、10年後とか3年後とか、そんな長いスパンじゃないんだよ。
明日とか、下手したら3時間後とか、そんな時間しか残ってないんだよ。
そんな時間しか・・・。

 

 

49: 1 2007/11/25(日) 05:19:57 ID:so4uafWv

「最初の検査の時に、余命が3ヶ月もあれば 本人に告知もできるのですが、 あの方(親父)はここに来られたときに 余命2、3週間って事でしたから。 ちょっと話せないですね。 もう、痛みを取ってあげるくらいしかできませんね」
そんな話を医者としました。

まだ60歳。
先月末まで仕事をしてきた。
やり残したことがたくさんあったのかな。

もうそんなこと考えないでゆっくり休んで欲しいよ。
どうせ話すのなら楽しかった思い出を話そうよ。

 

 

50: 1 2007/11/25(日) 05:29:55 ID:so4uafWv

あんなに嫌いだったのに、あんなに会いたくなかったのに、 いい思い出しか浮かんでこないのはなんでだろう?

そして、元気なうちに分かり合えなかったのはなんでだろう?

うちら親子はこういう運命だったんだろうな。

 

 

51: 名無しさん@お大事に 2007/11/25(日) 08:28:50
私は母親が大嫌いで死んだって悲しくないと思ってたけど、ここ読んで考えさせられた。
その時が来た時に冷たくして「仕返し」したとしても後で後悔するのかな。

 

52: 名無しさん@お大事に 2007/11/25(日) 08:33:31

>>51
ひとつ言っとく

母ちゃん、父ちゃんは大事にしろ

 

57: 名無しさん@お大事に 2007/11/26(月) 14:37:38
>>52
家庭環境によるだろう
虐待や親が自分を捨てて一家離散みたいな状況ならそうといえない

 

59: 名無しさん@お大事に 2007/11/26(月) 14:43:46

>>57
ひとつ言っとく

母ちゃん、父ちゃんは大事にしろ

 

53: 名無しさん@お大事に 2007/11/25(日) 12:50:17

俺はまだじっちゃんもばっちゃんも誰も死んでいない。
誰も死んでいないといっても祖母は年々弱っていくのが目に見えるようになった。
大好きな祖母が死んでしまうのを考えたら怖くなってしまった。
だけどこのスレをみて家族の事について考えることが出来たよ。

>>1よガンガレ!
後悔しないように親父さんとたくさん話せよ。
応援してるぜ

 

56: 1 2007/11/26(月) 11:12:30 ID:/6vtLLBu

1です。

親父は治るつもりでいるのに付きっきりの看病はまずいと、今日は出社しています。
別れの挨拶は、
「またね、また来るね」
にしました。

また逢えるのかなぁ。

お袋とは葬式の場所など決めてきました。
誰かも書いていたけど、キチンとした葬式をだしてあげるのも生きている人の重要な役目だと。

立派な葬式はあげられないけど、立派にやり遂げてみせよう。

 

 

58: 名無しさん@お大事に 2007/11/26(月) 14:42:58

俺、仕事で底辺の多いK県K市に来てるんだけど、こっちひどいぜ。

道で母親が2~3歳の子供に自分の死ねとかウザイ消えろとか罵倒してたりするし
中には足を(手じゃない)振り上げて蹴り倒すマネをする母親も。
他人=俺が見てるからマネで済ませただけで家では蹴り倒してるんじゃないだろうか。
そうでもなければ普通、あんなアクション出てこないだろう。

それでも子供は泣きながら母親の後を追いかけていくんだよ。
消えろって言っただろ馬鹿死ねとか怒鳴られても、他に頼る相手もいないからな。。。

そういう光景を見るとつくづく思う、この子は将来どう育つんだろうって。
ああいう育て方をされた子が親に愛情を感じなくても、それは親の自業自得だろうが
愛情を知らない人間が社会に送り出されるのは本人にも社会にも不幸だよな。

 

60: 名無しさん@お大事に 2007/11/26(月) 20:36:29

無償にして無限の愛を与えてくれる故なれば、か。
人によっては重すぎる命題だろうな。

いま俺が入院している立場だが、見舞いにきては回復ぶりに子供のように喜んでいる親の姿が、悲しいくらいに嬉しい。

 

61: 1 2007/11/26(月) 21:17:53 ID:/6vtLLBu

1です。

本日、親父が亡くなりました。
享年60歳でした。

俺たち子供が帰ったらすぐに逝くのだろうなと予想していた通り、本日午後1:11にあっちに旅立ってしまいました。

パチンコはやらないけどゾロメのすきだった親父らしい逝き方でした。

俺が病院に着いた時はまだ体に温もりがありました。
お袋が最期を見届けられたようだったので何よりでした。

「やっと楽になれたんだね。お帰り」
家についてからそう声をかけました。

 

62: 名無しさん@お大事に 2007/11/26(月) 21:21:11

>>61
ご愁傷様です。

今までの親父さんとの付き合いに後悔があったとしても引きずらず、

 

74: 名無しさん@お大事に 2007/11/29(木) 10:30:52
>>61
お疲れさま。
私もハタチの時に58才の父を胃癌で亡くしました。
やっと楽になれて良かったねって私も思いました。
今は気持ちの整理ついてないと思います。
みんなに愛されてお父さん幸せだったと思うよ。
本当にお疲れさまでした。

 

63: 1 2007/11/26(月) 21:22:15 ID:/6vtLLBu

休む間もないですね。
悲しむ間もないですね。

葬儀屋がやってきていろいろ決めることがあって忙しいです。
久しぶりに親戚が集まって騒々しいです。

落ち着いたらまた顔を出します。

 

 

64: 名無しさん@お大事に 2007/11/27(火) 00:24:49

「やっと楽になれたんだね。お帰り」
私も父に全く同じ事を言いました。

数日は悲しむ暇はなく忙しい日々が続きます。
葬儀が終わり、親戚が去った後に一気に寂しさ悲しさが押し寄せます。
>>1さんは施主になられるのでしょうか?
滞りなくつとめられますよう願っております。

お父様のご冥福をお祈り致します。

 

66: 名無しさん@お大事に 2007/11/27(火) 01:39:51

御愁傷様です。

とりあえず数日はガンガレ!

そして気持ちが落ちついた頃、またここで話そう。
帰ってきた親父さんと夜を一緒に過ごしてやってね。

 

68: 名無しさん@お大事に 2007/11/27(火) 03:35:01

>>1
ご愁傷様です。

俺んとこも、身内がこの3連休で亡くなった。
今日通夜で明日葬儀だ。

人が亡くなるって寂しいよな。。

でも、遅かれ早かれ俺たちも向こうに行くと思えばちっとは気も紛れるかな。

 

71: 名無しさん@お大事に 2007/11/29(木) 01:41:15

私の母親も胃がんで死んだ。

自宅療養に限界を感じ、母親自ら入院を希望してからわずか八日後の死だった。

共に「癌」で肉親を失った者として、お父様のご冥福をお祈りいたます。

 

73: 名無しさん@お大事に 2007/11/29(木) 02:13:40
生きる事が辛いとか
苦しいだとか言う前に
野に育つ花ならば
力のかぎりいきてやれ

 

77: 1 2007/11/29(木) 23:39:04 ID:GFSz1MhH

1です。
昨日通夜、今日葬儀でした。

荼毘に付す前に親父の顔をよく見たんですけど安らかでした。
あの苦しみが嘘のようでした。
ただ寝ているようでしたが触れると冷たいんですよね。
人としてではなく「モノ」になってしまったように感じてまた悲しみがあふれました。

 

78: 名無しさん@お大事に 2007/11/30(金) 07:07:31
>>1
お疲れ様でした。私も母を膵臓癌で亡くしました。
身体はなくとも 77さんの中にお父様はいらっしゃると思いますよ。
かけがえのない配偶者を亡くされたお母様もお力を落とされていると思います。
いたわってあげて下さいね。

 

79: 名無しさん@お大事に 2007/11/30(金) 08:42:06
皆いいなぁ!w親が死んでwww
で、いくら遺産入った?羨ましい!!!

 

80: 名無しさん@お大事に 2007/11/30(金) 09:27:07
>>79
死ねよ

 

82: 名無しさん@お大事に 2007/11/30(金) 10:43:50
>>79
お前が死ねば良かったのに

 

109: 名無しさん@お大事に 2007/12/17(月) 06:40:42

>>79
ちょっと亀レスだけど不謹慎すぎる。
まず遺産なんて普通の一般家庭なら問題にすらなら無い(ぐらい少ないかまったくない)のが普通。
そんなことより身内が死ぬっていう事実の方がよほど(比較対象にならぬほど)問題。

ここのスレ読んでいて、他人事とは思えず思わず書き込みしたくなった。
自分も丁度去年の今頃母親が入院して、3ヵ月後になくなったんだよネエ。

元々それより4年ぐらい前に脳出血になって左が聞かない生活が続いていたんだけど、
それでも最初は懸命のリハビリをやって(まだ発症年齢が比較的若かった(60歳のとき発症)
から身の周りのこととか最低限の家事ができるぐらいまでに回復して、退院してからの2年間は
普通に(といっても不自由は多いんだけどね)元気に生活できていた。

ところが2年後の夏前ぐらいから腰の尋常じゃない痛みを訴えだして、診断の結果「脊椎カリエス」と
判明し、遠い遠い結核治療専門の病棟に長期入院。確か8ヶ月か9ヶ月入院していた。
この時に1度実は生死の境をさまよった。食したものを全て嘔吐して血圧が急降下。
それで最初駆けつけた時はもしかすると最悪の場合が普通にありえるといったことを主治医に告げられ呆然。
でも、この時は何とか一命はとりとめ、その後は喪失してしまった体の機能を回復させるために再度近くのリハビリ病棟に入院。

そして、去年の夏場にようやく家に帰ってきてさあ、これから、というときに、食欲の減退が顕著になってきた。
時折物凄い勢いで吐く姿を見るようになっていて、食事をさせた後「今日は吐かないかなあ・・・」とちょっと不安があった。

それで、12月の定期の通院のときに、突然最初にかかった脳外科の主治医に目に血が通ってない、すぐに入院しろ、
といわれ、そのまま入院。

そして検査の結果、末期の癌と診断。仕事前とかに見舞いを毎日のペースで兄と交替で続けた。
会話してる分には普通だった(そのときは)けど、起き上がったときにお腹をみると、しわがものすごくあって(これは医者に聞くと腹水によるものであるそうだ)、
ショックを受けた。
うちの母親はとかくおしゃべりが好きな人間だった。入院後も(本人がそう振舞っていただけなのかもしれないけど)
その前と変わらない口ぶりで俺らとか他の入院患者の人とも会話をしていたり、励まそうとしてたりしてるのをみて、
凄くつらかった・・・・(あの時の様子を思い出すと未だに目が潤んできてしまう・・・)。
仕事に行った後もどれだけ泣きながら仕事を続けたか分からない。

3週間後、「一応の処置として」胃の全摘手術を受け、一応様態も安定し年内はまだ普通に話しもできた。

だが、年明けになってから、血小板の数値が下がりICUに入ることになり、その辺りから衰弱が顕著になる。
そして、2月の中頃に肺炎を発症し、そのまま意識不明に陥り亡くなってしまった。

 

110: 名無しさん@お大事に 2007/12/17(月) 06:41:23

>>109の続きです。

最後に普通に会話らしい会話を家族の中でしたのも実はこの俺だったりする。
そのとき「ヤクルトを買ってきて欲しい」と前に兄貴から電話で連絡があって、それでヤクルトと飴を買った。
既にそのときには声も掠れ掠れで、かなりやせ細ってしまっていた。でも最後にヤクルトを2本飲んでくれた。

俺は普段からそれほど家族と会話するほうじゃないことを母親は知っていたけど、やっぱり最後が近いことを
気づいていて、とにかく短い時間、言い残したことを言いたかったのか、とかく帰ろうとすると「帰っちゃうの?」とか聞いていて
そのたびに仕事に戻ったり、家に帰る事に後ろめたさが残った。看護婦さんにも「つらいよぉ、つらいよぉ」と泣きついていたしなあ・・・。

最後棺に入れた時の母親の姿は、数ヶ月前までの母親の姿に戻っていた。
その姿を見て、「もっと優しく接してやったらよかったなあ」という思い(昔、母親とちょっとしたイザゴザがあったために、
脳出血発症後も何かと話すにしても距離を作ってしまっていた)とまるで今からでもしゃべってきそうなほどの「いい顔」で寝ていたのを見て、
凄くつらくなった。もう「おっ母」の声、聞けないんだよなあ・・・と涙が止まらなくなってしまった。

大好きだった缶コーヒーを仏前に置いてやることぐらいしか俺にはできないが、それでも、供養になっていればと思っている。
ここ暫くは2番目の上の兄貴夫婦が埼玉から出戻っていて家を探すまでの間住まわせているので、なかなか仏壇の前に行くことが出来ない(兄貴夫婦が寝ているところが母親の仏壇のある部屋だったりするもんで入りづらい)んで
、「おッ母、悪いなー・・・」とはかなり思ってる。ただうちの母親は2番目の上の兄貴と一番ウマが合ったんで、帰ってきて、自分の近くにまた戻ってきてくれたことを今頃素直に喜んでくれてるとは思う。そう願いたい。

今考えると、いろいろあったけど人間くささもあり、社交性も豊かで、若い奴の話も充分分かってくれる「味のある」母親だったな、と思う。
こういう母親の元に生れてつくつく良かったなあ・・・と感じる。母親に感謝、それしか今はない。

 

111: 名無しさん@お大事に 2007/12/17(月) 06:56:12

>>109の続き。

ここのスレの方のお父さんも亡くなられたようだけど、
自分が母親を亡くして暫く経ち今冷静になって思うのは、
末期で死期が近いことが本人から分かり始めて、不安になっているときには、できるだけ、
変にやさしくしたりせず、普段どおりに接してやることが一番なんじゃないかな?と思う。
賛否両論はあるかもしれないけど、自分的には家の母親はかなりかんが鋭いところがあったもんで、
変に優しくすることで何か気づかれてしまうんじゃないのか?ということを意識していたところがあって、
普段どおり、なるべく普通にしようと努めていた。
内心じゃあ、物凄くつらかったんだけどね。でも、うわべだけでも普段どおりに接してやることで、
「まだ私は今日明日にでも逝くような人間じゃないんだな、まだ安心だな」と思う人もいるんじゃないかな?と思うんだよね。

まあ、死期が近づいた親族に対する接し方でこれがいいというのはまったくないし、皆遣り残したことは絶対あるし、心残りもあるはず。
でも、それをくよくよ考えていても、なくなった本人のためにはまったくならないし、向こうの世界にいる本人もそれを願っていないと思う。

自分自身はとにかく亡くなった後は早く吹っ切れようと思って1日か2日で仕事に復帰するようにした。
そういう風に決断させてくれたのも、母親がどこかから後押ししてくれていたからなのかも・・・・とは思う。

絶対に自分がこうするべきだと思うように接してやれば、
天国の親はちゃんと自分らのためになるような形でどこかから後押しをしてくれると思うよ。

 

81: 名無しさん@お大事に 2007/11/30(金) 10:20:39
遺産なんかいらないから父を返してほしい。

 

85: 名無しさん@お大事に 2007/11/30(金) 16:34:21
せめて親より早く死なないように頑張って生きようと思う

 

86: 名無しさん@お大事に 2007/11/30(金) 22:13:22

僕もだいぶ前になりますが父親を亡くしました
心筋梗塞であっと言う間に。
死に目にも会えませんでした。

素直な感情ですから、不謹慎を承知でいいます。
父が亡くなった当時、イラクが空爆され沢山の人が亡くなっていました。
ブラウン管の向こう側は大惨事で、世間は大きな悲しみに包まれていると報道されました
けど戦争で何千人と亡くなろうとも、1人を、たった1人の父親を亡くした事の方が僕にとって大惨事であり、大きな悲しみでした。

このスレを読んで昔のことを何となく思い出しました。
>>1さんのお父様のご冥福をお祈り申上げます。

 

88: 名無しさん@お大事に 2007/12/01(土) 07:10:51

私も母を心筋梗塞で亡くして2年。
透析が長かったので色んな合併症出て入院生活が長かったから
亡くなって半年くらいはまだどこかの病院にいる様な気がして、現実を受け入れられなかった。

半年過ぎた頃からホントにいないんだな~って、思ったらまた泣いた…。
最後まで苦しませちゃって、最後話も出来なくて後悔してる。
今は毎月、月命日には墓参りしてる。

どんな親であれ、親は一人しかいない。
大事にして下さい。

 

101: 名無しさん@お大事に 2007/12/12(水) 02:36:22
あぁ・・・・・

 

102: 1 2007/12/13(木) 21:19:02 ID:VUN9UlOV

久しぶりにきました。

遺産が入ってうらやましいと言ってた人、 うちには何も遺産はありませんでしたよ。
貯蓄も少しはありましたが、葬式代と墓代、入院費に消えそうです。
まぁ、母が生きて行くにはどうにかなるぐらいはあるみたいです。

幸い負債もなさそうなので何とかやって行けそうです。

ちょうど60になったばかりだったので保険も減額されたり、満期解約になったばかりとかで本当に何にも残りませんでした。

 

103: 1 2007/12/13(木) 21:31:28 ID:VUN9UlOV

もうちょっと長生きして欲しかったというのが本音ですが、これ以上入院生活が続いても辛かっただけかなと思ってみたりと複雑です。

皆さんも家族は大切にしてくださいね。
そして、お見舞いに行ったときには優しくしてあげてください。

俺が親父から最後にもらった言葉は
「二度と来るな」
でした。

俺がかけた言葉は
「また来るね」
でした。

2度と生きては会えませんでしたが。

最後の挨拶ぐらいいい言葉が聞きたかったなぁ。
それだけが悔やまれるし、涙が出そうになる。

あとでお袋から、
「あんな事言って悪かったなぁ」
と悔やんでいたことを聞き、言わせた俺が悪かったなぁと泣いたことを今でも思い出す。

 

104: 1 2007/12/13(木) 21:40:57 ID:VUN9UlOV

俺が死ぬときは家族や友人にはいい言葉を残したいと思う。

ありがとう

そう言いたい。

 

 

105: 名無しさん@お大事に 2007/12/14(金) 02:50:01

お疲れ

家族なんてなまじ距離が近いから言葉が雑になっちゃったりするし、ましてや病気の時なんて普通の精神状態じゃないんだから尚更だよな

自分がいざそういう場面になった時、周りに優しい言葉をかけて逝くことが出来るかなぁ…

 

112: 名無しさん@お大事に 2007/12/17(月) 18:45:55
みんないい親持って幸せだな・・・。
俺の父親はアル中だったから、毎日魂をヤスリで削られるようだったよ。
だから、死んでくれたときの開放感はこの上ないものだった。
葬式が終わった日は太陽の光まで違って見えたもんな~。

 

122: 名無しさん@お大事に 2008/01/07(月) 14:38:14
>>112
おつかれさま。
本当に、おつかれさま。

 

116: 名無しさん@お大事に 2008/01/06(日) 15:10:10

父が亡くなって15日経ちました。65歳でした。
12月初旬から胃癌再発の為入院。

美味しい物を食べるのが生きがいで、最後まで「あれが食べたい。これが食べたい。」と言いつつ、体は食事を受け付けなくて、病院では料理番組ばかりを見てました。

「年は越せないかもしれない」と先生に言われても本人は気づいてない様子で
「帰ったら年末までに物置を片付けて・・灯油は俺が車で買いに行くから
買い置きはしなくていい」と言ってました。

しかし精神力とは反対に体調は悪化するばかり。
毎日買っていた新聞は買わなくなり、TVも全く見なくなりました。
私と母が朝から晩までいても寝てばかり。

「何か食べれそうな物ある?買ってくるけど?」と聞くと
「氷。。カキ氷なら食べれそうな気がする・・」と言いました。
12月の真っ只中に病院の周りでカキ氷なんて手に入るはずもありません。。
やっと同一市内の大判焼き屋でやってる事を探し出し、
タクシーで乗りつけ「カキ氷やってます!?買えますか?」と聞くと
お店のオバチャンが「あるけど・・この時期に・・?」とサムーとパフォーマンスを
してノロノロしてるので「病院に持っていくんです!かき氷を食べたいと言ってるので!急いでください」言いました。
慌てて持って行きましたが「後で食べる...」と背を向けてて食べようとしません。
母が「今ちょっと前にまた吐いてるから・・」と言いました。
結局暖かい病室であっという間に溶けていきました。

私は12月から実家に付きっ切りだったので、父も「いつまでいるんだよ」と訝しげに思ってるようでした。
年末だし「旦那の分だけでも年賀状の準備をしないと」と、
父に「一旦戻るね!旦那は年末まで仕事仕事だから、ヒマだし、またすぐ来るー」と言い戻りました。

戻った次の日の夕方に震えた声の母で「今朝から意識が朦朧としてて・・
先生が今夜か明日がヤマかもしれない。と言われたの」と連絡がありました。

 

117: 名無しさん@お大事に 2008/01/06(日) 15:11:19

>>116 続き
印刷途中の年賀状を放り投げ、洗濯物も投げ入れ、慌てて帰宅しました。
と言っても、片道4時間かかるので、電車の中では「まさか・・まさか・・死ぬはずがない。。」と騒いでる人達を見ながら、人事のように思ってました。

駆けつけた時には、今まで見た事もない形相で白目をむき喘いでる父の姿。
一昨日まで「氷が食べたい。買ってきて。リンゴジュースなら飲めそうかも」と
アレコレ私に頼んでいたのに・・

一人娘で私が嫌がるくらい、バカ親丸出しで可愛がってきてくれた父が、
私の呼びかけには全く答えない・・・
母が「今朝からずっとこの調子なのよ・・」と言っていました。

私が「パパ!パパ!どうしたの?何で?」何度も何度も呼びかけてたら
目の焦点が合ってきたのです。

そして、私が泣きながら「ごめんね!ごめんね!何も出来ないでごめんね!」と言うと、首を振ったのです。

看護婦さんに「苦しそうなんですけど・・痛そうなんですけど・・痛いんですかね??痛み止め打ってもらえないですか?・・」と点滴の痛み止めを打ってもらいました。

「強いのでね。。すぐに効くはずです・・」と言われましたが、2時間経っても効き目がないようで、ずっと苦しそうでした。
ずっと手を握り締めながら、病気の父の兄弟に父の様子を送ろうと、携帯のビデオをまわしまし「私が来てからずっとこんな調子です」とメールを送りました。

私が到着して5時間後。。
痛み止めが効いてきたのか「喘いでいた声が静かになった・・」と思ったら、今まで胸が激しく上下に動いていたのに全く動いてないのです。

「エ!!?」と思うと、また大きく息をして「ハァーーーーー」と息をしたのですが、その後また止まりました。

母と顔を見合わせて、慌ててナースを呼びに行こうと立ち上がった瞬間に、ナースと当直医がバタバタと心電図を運び込んできました。

心電図を始めて見たので、どこを見たらいいのか分かりませんでしたが、ハートマークが0になっていました。
それを見ても「まだ繋げてないのよね?これから取り付けるんだよね?」と思っていましたが、先生が「最後まで頑張りましたが・・」と時間を告げました。

日付が替わった12時45分でした。
携帯のムービーを撮ったのが12時30分くらいでした。

未だにその携帯ムービーを見る事が出来ませんが、毎日毎日病院へ通い、
何度も吐いたりして落胆してる父の顔を見たり、年末年始の話をする父や、
毎晩毎晩「今夜病院から電話がなるんじゃないか」とか思ってた頃よりは
苦しみから解放されたんだよね。。と、気持ちがホッとしてます。

後悔するのは孫を見せてあげられなかった事でした。

 

118: 116 2008/01/06(日) 15:36:32

祖母(父の母親)が93歳で健在ですが、
身内と相談して父の死は内緒にして葬儀を行いました。

父は4人兄弟で、一番下の弟が死んだ時、祖母は75歳でした。
「自分が死ねばよかった」と大変な悲しみようでした。
今回、長男の父の死を伝えたら、半狂乱になるでしょう・・・
なので「知らない方が幸せ」と言いませんでした。
幸い、老人性の軽い痴呆になってるので、遠く離れた長男の事は言いません。
二番目の弟が側に居て「兄貴は元気だよ」と言ってれば信じてるのです。

私も数年ぶりに、父の変わりに元旦に主人と行きましたが
「パパは釣りに行ってるの。ママは犬とお留守番だよ」と言うと
「そうかい。そうかい。」と目を細めて笑っていました。
元旦だと言うのに「今日は1月8日だ。お前の旦那はいい旦那だねぇ」と
言ったり、私が持っていったどら焼きを握り締めてご機嫌で元気でした。
帰りは私と主人を玄関まで送ってくれたのです。

叔父が「いやー口も強いし元気だし、ボケて死ぬのを忘れちゃってんだよ」なんて
笑いながら憎まれ口を言っていました。

しかし、昨日祖母が血を吐いて倒れ救急車で運び込まれた。と連絡がありました。
結果、胃癌だそうです。
詳しい検査をするには体力が居るのですが、超高齢との事で、
検査の途中や終わってから死んでしまう事もあるかもしれません。と言われました。
その後も、93歳なので、このまま治療はしないそうです。

ずっと元気だったのに、父が死んで2週間後にこんな事になるなんて・・
父は祖母の事をいつも思っていましたので、もしかしたら自分が責任を持って
連れて行こうとしてるのかもしれません。。

 

119: 名無しさん@お大事に 2008/01/06(日) 17:17:43
>>116お父さんも家族の方もお疲れさまでした。私の父も胃癌で、私が20才の時に亡くなりました。
苦しんでる様子見てるから、亡くなったときは私も「これで楽になれたね」って思ったよ。
しばらくは、悲しいと思うけど時間がたてば楽になっていくと思いますよ。
あなたが元気に幸せになることが親孝行になると思います。私も頑張ります。
あなたも元気だしてくださいね。

 

123: 名無しさん@お大事に 2008/01/12(土) 00:40:46
明日お世話になった叔母の所へ見舞いに行ってきます。
もう長くはないらしいので、後悔のないようにします。

 

127: 名無しさん@お大事に 2008/01/28(月) 14:00:51

私の夫も死にます。
まだ25才なのに…癌が頭に出来ていて、いずれ呼吸の中枢(コントロールしてるとこ)圧迫するそうです。
もうあまり意識もはっきりしてないから苦しくないのかな…わからないです。

毎日毎日、辛いです。
彼が死んだら私も後を追います。

 

128: 名無しさん@お大事に 2008/01/28(月) 21:51:11
だめだよ 
辛いだろうけど
彼の分も生きなきゃ

 

130: 名無しさん@お大事に 2008/01/31(木) 21:56:33

散る桜 残る桜も散る桜 ~良寛

父親は脳梗塞で救急車で運ばれて、3日で亡くなりました。
死に目には間に合ったのですが、何も話せず気持ちの整理もつかないまま二年が経ちました。
癌とちがってあまりにも急に逝ってしまったので、むしろ父親の看病が出来て皆さん幸せだなと思ってしまいました。
ただ最近、上記の良寛の句のような心境にやっとなれそうです。 

 

131: 名無しさん@お大事に 2008/02/01(金) 00:07:00
あと100年後の世界にはここで書き込んでる人間は誰も生きていないんだよな   
不思議な気分だ

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 転載元:http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/inpatient/1195482556/

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